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Side 江積 湖都
今は、5月の終わり。つまり、古びた洋館を改築したこぢんまりとした女子寮に、赤の他人の女子高生2人が暮らしはじめて早2ヵ月近くが経ったということ。高校生になってからの日々は目まぐるしくて、この2ヵ月は文字どおり飛ぶように過ぎた。掃除も洗濯も、ときには料理も、自分でやるなんて初めての体験で、すべてが新鮮で嬉しい驚きばかり。
1ヵ月後、6月の終わりが年度の切れ目になる海外の学校に通う2人が後から加わることになっているそうだけれど、今のところ寮に暮らすのは私と鵜飼さん(うかいじゃなくて、ていし、と読むんですって。びっくりしたわ)の2人だけ。最初は気を使いすぎるほど使っていたけれど、暮らし始めて1ヵ月が過ぎたころ鵜飼さんが私に突然ぶち切れて、
「ずっと我慢してたけど、もう限界! 江積さん、それ、やめてくれません!?」
って叫んで、私もつい、
「頼んでもないのに、あなたが勝手に我慢していたんでしょ? なのに、いきなり喚かないで。ちゃんと言ってくれないとわからないわ」
と言い返した。察してもらうことばかりの環境で育って、察するのがどうも苦手な私にはそういうのが一番困る。だけど、これをきっかけに、何と言うかだんだん呼吸が合ってきた、というか、肩ひじ張らずに気軽にやり取りできるようになった気がする。彼女がどう思っているかは、わからないけれど。
まあとりあえず、お父さまやお母さまたちが心配されていたことは、今のところは杞憂に終わっている感じ。
***
「やました…」
お休みの日。朝のティータイム。高校の寮である洋館で一緒に暮らす鵜飼さんが、窓辺でうっとりと外の鮮やかな新緑の木々を眺めながら呟いた。
え、やました? 山下?
「って、誰? お知り合い?」
気さくな感じをイメージしてそう声をかけると、
「えっ?」
驚いたような声が上がった。完全に自分の世界に入り込んでいたらしい。ああ、鵜飼さんのいつもの癖のような、独り言だったのね。でも、声を掛けたからには、会話を続けないとかしら。
「今、言わなかった? 山下って」
…同じ学校に通う友人に、なんということのない会話を持ち掛ける私。ドラマとかで見る普通の高校生っぽくて、ちょっとくすぐったい気持ちになった。
「…ああ」
そういうこと、と鵜飼さんは府落ちした顔になってから、
「違うわ。山、滴るって、言ったのよ」
と応えた。
「山、したたる? ああ、俳句の」
そう言うと、ちょっと意外そうな顔をしてから、
「そう。夏の季語よ。植物の緑が鮮やかで、瑞々しく生い茂った様子の喩えよね。ちょうど今、そんな感じだなって思って」
と言った。
「確かに! ついこの間まで、山笑うって感じだったのにねえ」
「そう、そうなの。でも、この夏の季語だけ、ちょっと変な感じよね?」
「え? どうして?」
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