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Side 鵜飼 寧音
古い洋館(学校の寮だけど)の窓辺で、朝のティータイムを優雅に楽しむ私。
ああ、まるでお嬢様のような私、そう思ってうっとりしていたら、江積さんから突然、山下って誰のこと? と聞かれた。
いや、山下じゃなくて、季語なんだけど。普通の高校生は、こういう季語って縁遠いかな、私だってお嬢様になりたいという憧れがなかったら勉強しなかったし、と思っていたら、季語のことと理解した江積さんは普通に会話を続けてきた。素の私と似たような家庭で育ったみたいなことを言っていたのに、ちょっとびっくり。
そう、お嬢様然として振舞ってはいるけれど、実は私は都心から3時間の街の商店街で青果店の三男三女の次女として育った。6人兄弟姉妹の上から4番目、下から3番目。このご時世にびっくりでしょ? 部屋は三姉妹で6畳一間、1人につき2畳。洋服も学用品も、姉のお下がり。妹もさらにお下がりになるけれど、限界を迎えたものは新品に買い替えられて、ずるい! とよく喧嘩になった。
ああ、一人っ子が、裕福な家のお嬢様が、羨ましい。この家を早く出たい、そう思って素敵な寮のある学校を見つけて、せっかく憧れの洋館で暮らすんだから、と、お嬢様っぽく振舞うことにしたの。
どうせ誰も知らないし、自らお嬢様だと名乗るわけでもないし、このくらいは、いいわよね。
***
「おう、そう、それそれ!」
山の季語、夏だけが擬人化されていないと指摘されて、思わず、いつも兄弟たちと話していた時の口調が飛び出してしまった。慌てて、英語の『Oh!』の意味だと、我ながら苦しい言い訳をしたけれど、江積さんは納得してくれたみたい。ほっと胸をなでおろして再び江積さんを見ると、あれ? 何だか難しい顔をしている? もしかして、ばれた? 再び心臓が跳ね上がったけれど、何気ないふりで、
「どうかなさいまして?」
と、聞いてみた。お嬢様感を上塗りしていったら、今の失言忘れてくれるかな、と期待しながら。でも思いのほか大仰な言い方になった? なんて急に恥ずかしくなっていたら、
「実は私、山笑うっていう季語に、トラウマみたいなものがあって」
と、深刻な顔で言われて思わず聞き返した。
「トラウマ? 季語に?」
「ええ」
そして一呼吸おいて、幼稚園のころのことなんですけどね、と、江積さんは話し始めた。
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