白と黒の世界に

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白と黒の世界に

「すみません、坂下です。坂下陽夏の母です。学校から娘が運ばれたと連絡が」  言い切るより早く、受付の女性が立ち上がる。その動作がやけに素早く、顔が曇って見えるのは気のせいだろうか。きっとそうだ。前を行く彼女の表情が見えなくなったことを言い訳にして、そう思い込もうとする。  すぐに真っ白な扉の前に着くと彼女はいちど、こちらを振り向いた。その顔はもう、気のせいだなんて思えないほどに暗いものだったけれど、それでも私は大丈夫だと自分に言い聞かせる。きっと大丈夫。この扉を開けば、きっと陽夏が私を見て『ママ。こけちゃった』と笑うに決まっている。照れくさいような少し気まずいような顔で私に手を振ってくれる。  震える手がそれらをすべて否定しようとするのを必死に握りしめて押さえ込もうとした。  大丈夫、大丈夫。  それなのに。  開いた扉の向こうは、とても静かだった。キュッと床を擦る私の足音に、白衣を着た医者や看護師が黙って振り向く。正面に立つ看護師とほんの一瞬目が合い、彼女が顔を伏せて半歩横にずれると、その向こうに陽夏はいた。その顔はとても真っ白で、体はたくさんのチューブで機械に繋がれている。両方の手は体の横に並び、ぴくりとも動いていなかった。 『ママー』  ほっぺを真っ赤にして走り寄ってくる陽夏。満面の笑みで高く上げた両手を振る陽夏。息を切らして走る陽夏の姿は、そこにはなかった。 「ひな、つ……?」  私の呟きに、医者が顔を暗くする。そこにいる、陽夏以外の全員の視線が、私に集まった。 「……お母様ですね。残念ですが、ご臨終です」  その宣告で、私と陽夏の世界は白と黒の世界になった。
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