『ただいま』

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『ただいま』

 時間はゆっくりも早くも過ぎていったように思う。陽夏のことを思い出して泣く一日をとても長く感じ、陽夏のいない季節はあっという間に通り過ぎていったように感じた。時間の感覚すら失ってしまったままに、あの日からもうすぐ一年が経とうとしていた。  お盆の初日、私と夫は陽夏のお墓を訪れた。家から車で一時間ほどの、夫の実家近くにある自然豊かな場所で、陽夏はその田舎が大好きだった。  今は義両親も眠り、陽夏もいるその場所を、私たちはこの一年の間で何度も訪れてはいつも泣いていた。 「お疲れさま。……行こうか」  ぐずぐずとその場を離れない私に、夫がそっと肩に手をやった。その暖かさに背中を押され、名残惜しいながらもお墓に背を向ける。そして一歩進んだときだった。 「パパ。ママ」  誰もいないはずなのに、声が聞こえた。それは幼い子供らしい高めの声。ただひとり、ほかの誰でもない陽夏の声だった。だけどそんなことあるはずもない。気のせいだと思いながらも、振り返らずにはいられなかった。  そしてゆっくりと振り向くと、そこに陽夏が立っていた。 「ただいま」  もう一度、今度ははっきりと口を動かすのも見えた。一体何が起こっているのか分からないままほとんど無意識に私はそこに駆け寄って陽夏を抱きしめていた。  細い手足。ふわふわと揺れる柔らかな髪。暖かな体。お日さまと石けんの淡い匂い。触れても消えることはなく、体ぜんぶで温もりを感じる。確かに、陽夏はそこにいた。 「ひ、な……つ…。ひなつ……。…っ陽夏」  泣きながら何度も名前を呼ぶ。震える私の手に夫の手も重なる。彼も陽夏を抱きしめて泣いていた。 「陽夏。本当に陽夏なのか」  しばらく後、夫が声を震わせて言った。疑っているというよりも信じられないといった掠れた声で、真っ直ぐに陽夏を見る目は涙で揺れていた。 「うん、そうだよ。あのね、パパ、ママ。神さまがね、パパとママがすっごく寂しがってるから、お盆? の間だけなら行っていいよって言ってくれたの。だから陽夏、帰ってこれたの」  その説明を聞いても何が何だか分からなかったが、そんなことは今はもうどうでもよかった。陽夏が確かにここにいてくれるだけで充分だった。
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