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「泣かないで」
それからの時間、私も夫も、片時も陽夏から離れなかった。アルバムを開いて楽しかった思い出に笑い合い、陽夏の好きなメニューを食卓に並べ、陽夏を挟んで川の字になって眠った。
何もせず、隣に座っているだけで幸せだった。すぐに来る別れの時のことは考えないようにして、ただ一緒にいられるこの時間を大切にした。
だけどそうして過ごす懐かしく幸せな時間は、流れるように過ぎていった。
「……ねぇ。どうしても別れなきゃいけないの? このままずっと、陽夏とこうしていたい」
お盆の最終日の前夜、眠ってしまった陽夏を挟んで夫に呟く。そんなことはできないと、頭では分かっている。こうしてまた会えただけで、不思議な奇跡なのだと。それでも、どうしても手放したくなかった。陽夏がここにいられないのなら、私が陽夏の元に行きたかった。
夫は少し悩むように私の顔を見たあと、陽夏の髪を撫でながら言った。眠る陽夏を見るその顔は寂しそうで少し泣きそうで、でもとても優しい表情だった。
「……昨日の晩、陽夏が言っていたよ。君とお別れしたくないって」
「なら……っ」
「それは、君がまた笑えなくなるからだって。また泣いてばかりになるからだって。自分がいなくなったせいだって、陽夏は自分を責めて泣いていたよ」
まるで頭を打ったような衝撃が走った。ガンガンと音が聞こえる気がする。悲しいのは私の方だと思っていた。寂しいのは私の方だと。だけど陽夏はそんな私のことを心配して泣いてくれていた。私は母親なのに、何より大切な娘を泣かせてしまっていた。
「だから今度はちゃんと見送ってあげよう? 難しいけど、陽夏が安心できるように、これからは僕ら、笑っていよう」
そんなのは嫌だと叫びたかった。見送りたくなんてない、ずっとずっと、陽夏と一緒にいたい。
だけどそれ以上に、陽夏が泣くのは嫌だった。陽夏にはいつも笑っていてほしかった。もしもあの世や来世なんてものがあるのなら、そこでもずっと笑っていてほしい。そのために今、お別れをしなければならないのならそうしよう。身を裂くように辛くても、陽夏が笑っていられるのなら、私は笑おう。
「ごめんね、陽夏……」
柔らかな髪を撫でながら、私は最後に一筋の涙を流した。
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