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* * *
「大丈夫? 佐藤くん」
依頼者を見送ったカスミは後輩に声をかけた。
彼は仕事中に吐き気を催し、トイレに籠ってしまったのだ。
大体の職員は、新人のころ、立会いの際このような状態になってしまう。
カスミも新人のころは、しょっちゅうだった。
「せんぱぁい。やっぱこの仕事、ヤバイですよ」
真っ青な顔で出てきた彼は、フラフラだ。
「そんなこと言わないの。これは立派な国の仕事よ。私たちみたいな『古書収集家』という国家資格を持っていないと許されない、責任のある業務なのよ」
カスミは眉を吊り上げた。
「……。すみません、人本の原本を見るのが初めてで動揺してしまいました。話には聞いてましたけど、まるで古書ですね。人本って」
「さっきのおじいさん、きっと山あり谷ありの良い人生を送ったんだと思うわ。じゃなきゃあんなに分厚くならないもの」
「人によって本の質感とか、違うんですか?」
「もちろん! でも、ほとんど古書のようになるわ。普通の本に比べて、とても壊れやすいから、触るときは気を付けてね」
「……」
「どうしたの?」
「俺、この仕事続けられないかもしれないです」
「……。どうして?」
「さっきまで、人だったのに……。部屋から出てきたら本になっていたことです。実際に見てみると、不気味で……」
「まぁ、最初はショッキングな光景よね」
「はい……。でもこの仕事に対する憧れはあるので、まだ辞めたくはないです」
佐藤は蒼白い顔でにっこりと笑った。相当無理をしているな、とカスミは思った。
「依頼者の調査票、佐藤くん持ってたわよね?」
「はい」
「それのデータ、もらってもいいかしら?」
「いいですけど、どうしてですか?」
「今回は、私が報告書担当する。あなたは家に帰ってゆっくり休んでちょうだい」
「いや、さすがにそれは……」
「私も、新人の頃はこうやってもらったの。とにかく今日は休んで」
「……分かりました、ありがとうございます」
カスミは後輩を送り出し、事務所へと向かった。
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