イエロー・ムーン

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「うーん!オイシイ!」 カマルを見ると、彼は右手だけで器用にチャパティをちぎり、ダルカレーに付けて食べている。外では箸やナイフ、フォークにスプーンも使い器用に食事をするが、やはり家ではこのスタイルが一番落ち着くのだと言う。カレーを食べる時は特に、手で食べた方が何倍も美味しいらしい。僕もそれに倣うが、未だに左手が無いと上手に食べられない。 「インドのいえをおもいだすなぁ……」 「………ねぇカマル、」 別にホームシックになっている訳では無い軽い口調で彼は言ったが、僕は気になっていた事を聞いてみた。 「来年さ、就労ビザが切れるじゃん?どうするの?」 仕事を辞めてインドに帰るのか、それとも日本で永住権を得るのか。彼は就労ビザを最大期限まで更新して滞在しており、その期限が来年に切れてしまうのだ。 「んー…らいねんでしょ?まだきめてナイ」 長期的な視野より「今」を大切にするインド人の彼は、困惑した顔でパクリとパニールを口にした。 インド(故郷)には彼の両親と、結婚して家を出た妹がいる。彼は日本での稼ぎの一部をインドにある実家に仕送りしていた。働き始めた当初、彼の妹はまだ実家で暮らしていたが、三年前に結婚し家を出ている。にも関わらず、彼は変わらぬ金額を実家に仕送りしていたのだ。(お金の話をあけすけにできるのもインド人の特徴だ) 彼いわく、インド(むこう)では学校に行くことさえ出来ない人も多い中、自分は大学まで出して貰ったからその恩を出来るだけ返したいと。 カースト(身分)制度が廃止されたインド。 しかし実際、国内ではまだまだ差別か根強く残っており、親のカースト(身分)や職業を世襲するのが当たり前の世の中。その中で唯一、影響を受けないのが近年台頭してきたIT企業だった。 そこで時の権力者達は、大多数を占める低下層の支持を集める為、実力があれば身分に関係なく雇用するという「保留制度」なるものを作ったのだ。 下位カーストであったカマルはそこに目を付けた。必死に勉強し、下位カーストからの脱却を計り今に至る。その底力は、のんびり生きてきた日本人の僕からは計り知れないものがあったのだと思う。 カマルの両親もまた、そんな彼の為に尽力し、経済的、そして精神的にも彼を支えてきたのだろう。彼と家族の絆は深い。だからこそ、僕は彼に意見する事はできなかった。どんな決断をしても、それを受け入れる。それが、僕の彼に対する誠意(愛情)だとも思ったから。
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