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「離婚? 一体なんの冗談だよ」  由里子(ゆりこ)がテーブルに滑らせた離婚届に夫の壮一(そういち)は小馬鹿にしたようにふんと鼻を鳴らした。もう少し驚いてくれたっていいだろうに。そうは思うものの、どちらにしても由里子の決意は固かった。鼻で笑われようが、驚く素振りすらみせなかろうが、明日にはこの家を出ていくと決めている。 「明日、家を出ますから、それまでにサインしておいてくださいね」 「おいおい。家を出るって実家にでも戻るのか?」 「いいえ。もうアパートを契約しましたので、そちらに」  由里子がそう言うと、ようやく壮一もただごとではないと思ったのか、わずかばかりの動揺をみせる。テーブルの上にある煙草に手を伸ばし、自身を落ち着かせようとしているのか、殊更ゆっくりとした動作で煙草に火をつけた。紫煙があがり、煙草の匂いが部屋に充満していく。 「……それで? アパートまで借りてどうしようっていうんだ。おまえ、まだ年金もらえる年齢じゃないだろう」 「ご心配なく。仕事も見つかりましたから」
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