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「そんなことでか?」
「そんなこと? ええ、あなたにとってはそうでしょうね。でも、わたしはその灰皿を掃除するたび、自分の尊厳がないがしろにされているのだと傷付いてきました」
「尊厳て、そんな大袈裟な」
「一度くらいは、あなたも灰皿を片付けたんでしょう? だから、水を入れるのをやめたんじゃないですか? わたしが頼んでもやめなかったくせに」
由里子の言う通りだった。あれから壮一は灰皿に水を入れるのをやめた。理由は片付けに手間がかかるからである。水を入れなければ吸殻を捨てるのは簡単だ。底に残った灰はティッシュで拭き取るだけできれいになる。わざわざ洗う必要はない。
「自分でやってみて気付いたんでしょう? 今までは自分はやらないから平気で水を入れて、それを片付ける人間のことなんか気にも留めなかった。要するにあなたは、わたしのことが見えていなかったんですよ。そんな人と、この先も一緒にいたいと誰が思いますか。さあ、離婚届にサインをしてください」
ふつふつと怒りが沸いてくる。理由は灰皿だと? 水を入れるからだと? 尊厳がないがしろにされただと?
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