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「佐々木って猫飼ってたよな? 可愛いかった覚えある」
よく覚えてるなーとその記憶力に驚いていたら、箱の中身が目に入った。
底に敷かれた薄いタオルの上で、真っ黒なふわふわが動いた気が……する。
あ、これ子猫だと理解した瞬間、自転車をとばしてかいた体中の汗が、ぜんぶ冷たくなった気がした。
「どうしたの、この子」
「さっきそこに捨てられてた。迷ったけど放っておけなくてさ」
舞野が指さした先は、橋の下だった。
ここは河岸が狭くて、釣りをする人もめったにいない。
岸全体を覆う夏の間にぐんと伸びた雑草は、私の腰ぐらいまであるだろう。
青に赤が混じりはじめた空はこれからどんどん暗くなるし、舞野が見つけなければ置き去りにされたまま一晩……いやもっと長い時間そのままだったかもしれない。
ノートと同じくらいの面積しかなさそうな箱の中に、一匹だけで。
わびしい。
一度も使ったことのない言葉が、頭の中にわきあがった。
こんなの、悲しいでも寂しいでもない。
胸のまんなかに穴が開いて細く冷たい風が通り抜けるような、そんな気持ち。
わが家のココも保護猫だけど、こんな感情を味わったことはない。
初めましてが譲渡会で、保護活動をしてる人たちのあたたかい目線があったからかもしれない。
誰にも何にも目をかけられず、たった一匹、人の身勝手で押し込まれた孤独と一緒にいなきゃいけないなんて。
こんな切ない存在に、初めて出会った。
「なんか元気なくね? 佐々木から見てどう? 大丈夫かな」
「たしかに……ケガはなさそうだけど……目垢がすごいね」
動きも鈍いような気がする。
涼しくなってきたとはいえ、子猫が外にいて安全な環境なんて、ほとんどないんじゃないかな。
ちゃんと診てもらった方がいい。素人判断は危険だ。
「私じゃよく分かんない……病院に連れて行こう」
面倒だって断られるかな、そしたら私一人で連れて行こうと覚悟のうえで切り出す。
舞野はキュッと口を結んで、神妙な面持ちでうなずいた。
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