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1. ヤマ缶とは
やっとヤマ缶買えたんだと報告したら、一緒にお弁当を食べていた友人たちだけでなく、近くにいたクラスメイトたちも良かったじゃんと手をたたいてくれた。
ヤマ缶。
「山勘」とかけている名前からも分かるように、もとは私たち学生をターゲットに、テスト対策用に売り出された商品だ。
お茶缶を模した円柱形のキーホルダー。手のひらサイズのそれは全体が黄緑色で、中央を横切るようにヤマ缶と書いてある。
最近でたもっと可愛らしい色合いのを狙っていたけど、それはもう売り切れていた。
使い方はとっても簡単。缶のフタを開けて、中に入っている紙にテスト範囲を入力する。
それを缶に戻してしばらく置いておくと、出題されそうな問題が浮かびあがるってわけ。
まるで手品みたいだけど、タネも仕掛けもテクノロジー。
紙状の薄型ディスプレイとAIの合わせ技で問題予想をするという、ジョークグッズにしては最先端で凝った作りをしている。
だけど、まあ、ジョークグッズらしく実用性はほぼ皆無だった。
テスト範囲を入力しても、「一週間くらい前に習ったやつ」なんてとぼけた答えが返ってきたりする。
AIを使う意味ある? いやむしろ売る気ある? みたいな。
最初はぜんぜん売れなかったみたいだし、私もネタグッズだなとしか思わなかった。
空気が変わったのは、「ヤマ缶のおかげで結婚しました!」って投稿がSNSでバズったからだ。
なんと「何かいいことが起こる場所と日時は?」とヤマ缶に聞いて、答えの場所で出会った人と意気投合して付き合い、結婚したというのだ。
それをきっかけに「#何かいいこと」でヤマ缶に記された場所で、見つけたモノや人を投稿するのが流行りだした。
人生が変わるようなチャンスから、日常のささやかな発見まで。
ヤマ缶の導きがどこで何につながるか、みんな夢中なのだ。
品薄になったヤマ缶を私もずっと探していて、転売に手を出そうか迷いつつ踏みとどまって早数ヶ月。
先に流行が終わるかもとヒヤヒヤしたけど、やっと手に入れた。
あと一時間、この授業が終われば放課後だ。
部活が休みだから、ヤマ缶を使うなら今日がチャンス。
やっとだあ。やっと「#何かいいこと」に参加できる。
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