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僕は真っ赤のキャスケット帽に付いた、ピンバッジを外した。
「お気に入りだったけど、そろそろお別れしよう」
そう言いながら彼女の手に乗せたのは、可愛らしい雷鳥のピンバッジ。ところどころに傷があり、かなり古ぼけていた。
「私が彼にあげたピンバッジと同じです」
彼女はピンバッジを、雷鳥の雛を扱うようにやさしく胸へと抱き寄せた。僕は彼女にゆっくりと告げた。
「彼が死を望んで山に入ることなど、するはずがない。ましてや雪崩に遭ったのは君のせいじゃない」
彼女は驚いて顔を上げた。頬には涙が伝っている。
「結婚、おめでとう」
風がひゅるりと抜けていった。まるで冬山みたいに冷たい風だった。僕は空気を体に感じ、すこしのあいだ目を閉じる。
これでいいかい相棒、とささやいた。
僕は、やっと一人前の人間になれた気がした。
完
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