雷鳥との約束

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 コッヘルからお湯が噴きこぼれ盛大な音をあげた。 「わっ」  僕は熱湯に触れないよう注意しながら、急いでバーナーの火を消した。 「はぁ。やっぱり寝不足かな」  ここは光流岳の中腹、長三郎尾根のちょうど中間地点。クマザサの続く鬱蒼とした樹林帯を抜け、ようやく山の稜線へと視界の開ける場所だ。  眺望を確かめようと登山ルートを少し離れると、眺めのよい4畳ほどの草むらを見つけた。ここでお茶の時間にしようとザックをおろしたのだった。  夜通し運転して夜明け前に登山口を発った。仮眠を取っただけだから、やはり眠気が体にこびりついている。湯を沸かしている数分の間、浅い眠りについていたようだった。  6月下旬、夏山シーズンというにはまだ早い。雪が残る登山客も少ないこの時期に、早めに登ってしまおうと決めたのだ。  そういえばコーヒーをいれようと準備をいている途中だったっけ。コーヒーミルから粉を取り出そうとして、その先を用意していないことに気がついた。 「コーヒーフィルターって持ってきたっけ」  ザックに頭をつっこむような形で、フィルターがはいっているはずのジップロックを探す。 「あった!」 「こんにちは。あの、帽子落としてますよ」  若い女性の声がして、僕はびっくりしてザックから顔を引っぱりだす。女性は僕がかぶっていたはずの赤いキャスケット帽を手に持っていた。
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