雷鳥との約束

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 お礼を言って帽子を受けとった。その人は20代くらいの若い女の人だった。何十年も使っていそうな年季の入ったザックとスイスブランドの冬用登山靴。真新しいピンクのレインウェアをはおっている。  あの桜色は今年出た新作だな。アウトドアショップ店員の職業病だろうか、どうしても服装やギアが目についてしまう。光流岳のマイナールートである長三郎尾根を単独で歩くとは、相当な熟達者のようだ。  僕はお店に立つ時のように笑顔で応えた。 「こんにちは。ちょうどいまコーヒーをいれるところなんです。もしよければ一緒にどうですか」  女性はすこし戸惑ったように考えたあと、小さくうなずいた。 「いいですか、お邪魔しても」  どうぞどうぞと荷物をどかして客人を招きに入れた。コーヒーミルを傾け、挽きたての粉をフィルターにいれる。僕は喫茶店のマスターになったつもりで、すまし顔でお湯をコーヒーの粉へと慎重に注いだ。コーヒーの香りが鼻をくすぐった。彼女はおやつにどうぞ、と一口サイズのチョコレートケーキをくれた。  雨は降っていなかったけれど、晴れているとはいいがたいお天気だった。僕はこんな天気も嫌いじゃない。けれど目の前の人も、あまり晴れやかな表情じゃないのが気になる。コーヒーとお湯をなじませる、蒸らしが終わったころ、彼女は不意に顔を上げてぽつりと話し始めた。 「びっくりしました。こんな所で人に会うなんて」 「コーヒーが飲みたくなって、火が焚ける場所を探したらここに行き着いたんですよ」  僕はカップにコーヒーを注ぎながら、何気なく聞いた。 「あなたは、どうしてこの山へ?」
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