山の灯火

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「僕はソラ。ただ、自分を変えたいんだ。ずっとこの町で生きてきたけど、何も成し遂げられていない気がしてね。この山の頂上に登れば、自分が少しでも強くなれるんじゃないかって何となくそう思ったんだ」 ファミは静かに彼の話を聞き、やがてその深い瞳で彼を見つめた。 「山の頂上か……。それは険しい道のりね。でも、あなたのその決意は素晴らしいわ。でもどうして山の頂上へ行きたいの?」 「別に理由なんかないさ。毎日同じ場所へ行って一日の大半を送り、同じような人間と一緒に過ごす。ここじゃあ自分ってものを発揮できない、生かせない、そう感じるんだ。僕は一番になることが好き。他の誰よりも優っていることが好き。この平坦で他人と同じようにしていることを強いられる毎日は、僕には狭すぎる。そんなとき、ふと思ったんだ。この閉鎖的な空間を檻のように囲っている山のテッペンはどんな景色なんだろう、って。ただそれだけのしょうもない理由かもしれないけど、テッペン……テッペンにたどりつかなきゃ見えないこと、分からないことだって、きっとあると思うんだ」 ファミは彼の目を見つめ、ふっと小さく笑った。 「それにさ、誰も見たことがない山のテッペンから見る青い天上の、その向こうにはどんな景色があるんだろうって。そいつを見てやりたくてさ。何かそう考えたらもう居ても立ってもいらんなくて、この山に登り始めちまったってわけ。何でもいい。何でもいいから他人(ひと)に……いや自分に誇れることをしたい、って感じかな。でも、正直言って不安だ。こんな無謀なことをしても、何かが変わるかどうかもわからない。だけど、やらないと後悔しそうで……」 「後悔はつらいものよ」 ファミは口を堅く結び、しばし何かを考えるような仕草を見せた。 「だからこそ、あなたがこうして挑戦すること自体が、もうすでに意味のあることなんじゃないかしら」 次の瞬間には、ファミの声には子を見守る母親にも似た優しさが滲んでいた。
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