山の灯火

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店の隅に静かに座っていた一人の男性が、ボトルとグラスを持ってゆっくりと空達の席にやってきた。 「この人は、学者のシドさん。何やら調査があるたびにこの山を登ってこの店に寄ってくれる常連さんよ。シドさん、今の話に興味があるんじゃない?」 と、ファミが紹介しながら微笑みかけた。 学者はソラやレミーとさほど年齢は変わらないように見える若い男だったが、何か落ち着いた貫禄があった。黒縁の眼鏡の奥で瞳が悪戯っぽく笑う。 「君たちの夢の話、面白いね。私もソラくんと同じように、山の頂上を目指したことがあったよ。でも、結局は諦めた」 「なんで諦めたんですか?」 ソラが興味津々で尋ねた。 シドは肩をすくめて微笑んだ。 「なぜ諦めたかって?私は調査を生業とする学者だ。以前は、まだ人がさほど立ち入らないこの山の上の領域に踏み込んで、皆があっと驚く大発見でもしてやろうと思っていた時期があったさ。でもそんな発見をして、どうなる?町の技術が飛躍的に向上して、産業が発展したとしても、それがなんだ。この限られた空間でほんの些細な名声を得て、箱庭の中でさざ波が起きるだけ、単純に言えば、そんなことに価値が見いだせなくなった、ってだけの話さ」 シドは眼鏡の縁をクイッと持ち上げる仕草をすると、グラスの残りを一息に煽った。 「幼いころから知識を追い求めることが好きだった。そうやって知識を追い求めることはできたけど、思えばそれが誰かの幸せに役立つことはなかった気がする。自分の調査や研究が町で使われる技術に還元されて、それが皆の暮らしを支えることになると思ったが、その果てにたどり着いたものはなんだ?」 「たどり着いた……もの?」
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