山の灯火

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「そう。レミーさんがさっき言ってたじゃないか。『この町では、みんな生まれた家の仕事を引き継いで同じように歳を重ねていく。それが普通なんだってみんな受け入れている』ってね。私は自分が持つ能力を最大限に使って町の発展のために貢献してきた。でも、外界から閉ざされているにも関わらず、十分社会的に満ち足りた生活が確立していることで、この町の人々は、現状に満足して新しい文化を生み出していこうという気概……夢がなくなってしまったように感じるんだ」 「……夢ですか?」 レミーがシドの言葉を反芻した。 「ああ。人はね、少しの満足を得ることで簡単に夢を諦め、前進を止めてしまう。楽しく幸せな暮らしは快適なものだ。でもね、そこで自分が守ろうとしてきた世の中が、全てが、安穏と停滞してしまうさまに私は耐えられなくなったのだよ。私は私の箱庭の中で、自分の欲望を満たすために、ただ知識を集める。今はそれでいいと思っている」 「シドさん……」 シドは下を向き自嘲をしていたが、やがて感謝するようにグラスを軽く掲げて微笑んだ。 「久しぶりに愚直だった自分の過去の幻影を見たよ。『テッペンにたどりつかなきゃ見えないこと、分からないことだってある。山のテッペンの青い天上の向こう側の景色を見たいから』……か。いい言葉だな、ありがとう」 「そうですよ、シドさんの知識はきっと誰かの幸せにつながっている筈。……ってか、がっつり聞かれてんじゃないですか!さっき何も後先考えずに言っちゃった、イキり倒した発言。恥ずかしいー!」 ソラが頭をかいて顔を伏せると、みんながドッと笑い、場が和んだ。 町の外に出たいという少女の願望、何かを成し遂げたいという青年の焦り、そして自分の知識欲を満たしながらもどこか満たされない学者。 しばらくの間、ぽっかりと空気に穴が開いたような時間が訪れ、三人はそれぞれに自分の生き方を思っていた。
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