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「やあ、おたくもですか」
そう、朗らかな挨拶を受けた俺は、あまりにも場違いなその声色に、続いて、その言葉が意味するところにぎょっとなった。
おたくも?
そう言ったのか? こいつは?
一方、挨拶の主である目の前の男は、相変わらず何食わぬ顔でニコニコと俺を眺めている。見たところ六十そこらの、初老と呼ぶのがふさわしい年齢。ややくたびれたトレーナーの上下は、ここが朝の公園ならしっくり馴染んでいただろう。ただ、いかんせんこんな夜の山道では、ただただ異質な印象ばかりを与える。
だが、何よりも異質なのは男が発した「おたくも」なる言葉。
「あ、あの、おたくも、というと……」
すると男は、「ええ」と、これまた場違いなほどからりと笑う。サウナに居合わせた見知らぬ客と交わすのにちょうど良い健康的な笑み。しかし、ここはサウナではなくどこかの山奥にようやく通じる小路で、そして俺は、ついさっき女を殺し、その死体を車で運んできたばかりなのだった。
「実は私もなんですよ。まぁ、夜更けにこんな山奥に来る用といえば、それぐらいしかありませんからな」
そして男は、またしても快活に笑うのだった。
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