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ーーその女を殺したのは、言うなれば不可抗力、というやつだ。
ホストという仕事に就いていると、どうあってもトラブルとは無縁ではいられない。〝ガチ〟になった客に粘着されたり恨まれたり、その結果としてブスリとやられたり。もっとも、俺に言わせりゃその手のトラブルは日常茶飯事。些細な厄介事の一つに過ぎなかった。
そのはずだった。昨晩までは。
そう、それは昨晩のこと。仕事を終えてアパートに帰っていると、一人の女が包丁を手に路地裏から飛び出してきた。
見覚えのない女だった。少なくとも初めはそう思った。ところが、その後の短い問答で、女の正体が半年ほど前に掛けでソープに沈めた客と判明する。なるほど、客の女なら適当に宥めすかせばどうにかなる―ーそんな甘い期待は、しかし、すぐに裏切られた。
直後、女は体当たりでもするように俺に刃物を突き出してきた。
えっ待って、これガチの殺意!? いつものかまってちゃんムーブじゃなくて? うーわやべぇやべぇどーしよ―ー……そんな驚きと焦りが俺から冷静さを奪ったのだろう。気付いた時には女から包丁をもぎ取り、逆にその腹にずぶりとやっていた。
助かったのは、そこが寂れた各停駅近くの人目につかない路地裏だったこと。そりゃそうだ。女としてもバレないように俺を殺りたかったんだろうし、ならばこそ監視の目は避けたかっただろう。これが、俺が勤める歌舞伎町で襲われていたら完全にアウトだった。無数の監視カメラが目を光らせるあの町に、おおよそ死角なんてものは存在しない。
ただ、同じ理由で警察に正当防衛を訴える目も消えてしまった。カメラに映っていないんじゃ、いくら正当防衛を訴えたところで証拠がない。
要するに、最初から死体を隠す以外の選択肢はなかったわけだ。
で、どうにか良さげな山奥まで死体を運んできたら、得体の知れない男に声をかけられた、というわけ。
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