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そもそもの発端だったのは、姉の嫁ぎ先で、秋の豊穣の祭祀が山の奥で行なわれるという話を聞いたことだった。
そこでは、町の班ごとに祭祀の準備の担当が振り分けられていて、姉のところでは、今年は供物の準備だった。
「義母が用意してくれるので、わたしはもっぱら見学よ」
と、電話口で姉は呑気に笑っていた。
「古式に則ったやり方をするとかで、同居して一年目のわたしに出番はないけど、祭りと聞いたらなんだか浮き立つわね」
「田舎の知られざる祭りか。絵になるかな」
「厳かなものだと夫の昌義さんが言ってた。彼、少しだけ出番があるらしいわ。わたしとちがって」
「へえ。当日お邪魔していいかな。写真を撮りたいんだけど」
姉は義父母に掛け合ってくれた。みんなの写真を撮ってくれるならという条件付きで許可が下りた。
僕は、祭りの当日、朝から姉のところへ向かった。
着いてみたら、家には姉しかいなかった。
農家の広く長い廊下を通って、大家族で食事をするような台所に通された。広さに圧倒されながらも、僕は、なんともいえない重たい空気を肌で感じた。
「なにかあったの?」
姉はため息をついた。
「義父が夜中に足を骨折して救急車で搬送されたのよ」
「昌義さんは?」
「今朝早くに病院へ行ったのよ。義父って少し痴呆が入っていて、ずっと暴れていたらしいの。そのため義母がつきっきりになってるから、必要品とか担当医からの説明とか、そういうのを彼がしているわ」
「祭りは大丈夫なの?」
「義母があらかじめ用意してくれていたから」
姉は使い込まれたダイニングテーブルの隅に置かれた、米や大根、芋、酒へとめをむけた。そりゃそうか。祭り当日に用意では遅い。
「でもさ、供物をこのままおそなえはしないんじゃない? 器か何かないの?」
姉は、それもそうね、とつぶやいた。
そこへ、インターフォンが鳴った。
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