ピアッサーとコントラバス

1/1
前へ
/1ページ
次へ
チリっと痛みが走った。 「いっ……」 私はゆっくりと耳たぶを触る。血が出ていないか心配だったのだ。 が、耳たぶは破れることも血を流すこともなくそこについていた。 「やっちゃった」 じんじんとする耳たぶから手を離す。 ついに開けてしまった。ピアス穴を。 私はピアッサーを机に置くと、そのまま内ポケットから鏡を取り出す。 「見事についてるわ…はは」 ファーストピアスは思っていたよりも黒ずんで見えた。 そのまま、手鏡に映る顔を見つめた。 見事に死んでいる。 死神のような顔と目を合わせるまい、と鏡を再びポケットへしまった。 このまま見つめていると自分の顔だとはいえ、呪われそうである。 ピアスを開けたこと、もちろん理由はある。 それは 「…コントラバスのため」 抽象的すぎるだろうか。 正確にはコントラバスになってみたかったからである。 私は高校でコントラバスを弾いている。 管弦楽部に所属しているのだ。 でも、コントラバスを弾きたかったわけじゃなかった。 本当はもっと輝いて目立つ他の楽器を弾きたかった。 せっかく元帰宅部が勇気を出したっていうのに。 「ピアス開けたらなにか変わるかなぁ…って思ったんだけどな」 特に変わらない。まぁ人はそう簡単にはかわれないか。 もう一度だけ耳たぶを触った。 なにかの証のようについている銀色の球体。 もう後戻りはできない。 「…できない、か」 もう私はコントラバス奏者になってしまったのだから。 嫌でも弾きたくなくても、練習をする。 いつかコントラバスが好きだと思えるように。 その日までエンドピンを指し続ける。 私は机のピアッサーを右手に持った。 もう片方の耳が残っている。 「よし」 これは、コントラバスが好きになれた日用に取っておこう。 けして、ひよっているわけではない。断じてない。 「って誰に言い訳してんの私w」 くっく、と喉から漏れる笑みをそのままピアッサーへ向けた。 ピアッサーは無表情にその様子を見上げていた。 1ヶ月後 「いっ……」 私は耳たぶを抑えた。もちろんの事、血は出ていない。 前と同じく鏡を見つめた。 「あれwなんかキラキラしてるな私」 両耳についた銀色の球体はかすかに輝いていた。 エンドピンを指したコントラバスはとても響く。 かっこよく清々しく。 その音が誰かに届いた時、その誰かは耳たぶの痛みを感じるのかもしれない。 両耳のピアスはホールの光を受けた。 かすかに表情を変え、それは穏やかな時間の流れの中で常に輝き続けていた。 完
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加