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八神くんと名塚くんの文化祭
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高校二年生の文化祭。自分のクラスの出し物がメイド喫茶となった段階で、八神徹は正直嫌な予感がしていた。
『メイド』や『喫茶』という趣向の話ではない。そもそも文化祭自体に関心を寄せていない八神にとっては、出し物が何になろうが大差ないから。メイドと言われれば小説の中に出てくる貴族の使用人を思い浮かべるレベルで、最近になってようやく「現代のメイドはこんな服装なのか」と知識がアップグレードされたくらいだった。
「使用人とは違うのか」と幼なじみであり、クラスメイトでもあり、ずっとずっと想い続けていて紆余曲折を経て恋人となった名塚真に尋ねたら、「さあ? おれ秋葉原の路上でビラ配ってるのしか見たことない」と返され、使用人の業務内容も多岐にわたるものだ、と八神は思った。もしかしたら尋ねた相手が悪かったのかもしれないが。
喫茶なら洋風より和風の方が趣もあるし、人気投票で上位を狙うのなら他のクラスと差別化を図る面でもいいのでは、などの思いが過らなくもなかったが、やはり口にはしなかった。何になったところで言われた役割をこなすだけだし、万が一、意見を主張してそれが採用され、中心人物にでも担ぎ上げられたら———。それは八神が一番恐れていることだったから。
「なんで? とーるなら実行委員でもなんでもやれそうだけど」
そう首を傾げ、いつでもこちらを買い被るのも名塚だった。何の根拠もないくせに。調子のいいことばかりを口にするのも奴の常だ。
確かに八神は文武両道で、スペックという面で言うならば生徒会だろうが文化祭実行委員だろうがなんの問題もなくこなせるだろう。たったひとつにして最大の要因である、八神のやる気のなさを除けば。
八神のやる気は、自分のことと養子縁組してくれた現在の両親のこと、そして名塚のこと以外には決して動かないのだ。器用ではない自分が大切にしたい、大切にできる人数には限りがあって、それ以上の人間関係を築くゆとりなんてないから。だから八神はいつも必要最低限、自分がその場所で困らない程度の関係しか作らない。
かと言って、非協力的な態度を取ってクラスの輪を乱すことは彼の本意ではない。だから黙って、学校生活に支障がない程度にクラス運営に手を貸す。当然、許容できないことに関しては断るが、去年の文化祭や体育祭、突発的に企画されて代表選手にさせられた百人一首大会だって、出来る範囲でそうしてきた。許容範囲内とはいえ、一応は真面目に取り組む姿を見せれば文句を言ってくる奴もいない。生来の負けず嫌いが災いして、結果としてなんだかんだ真剣になってしまうこともしばしばだが、なんにせよそれが他人と深く関わりたくない八神なりの処世術だった。
いつだってそう、自分の役割が決まればあとは関係ない。そう、思っていたのに。
「女子のメイドだけどさ、各時間帯のローテーション組む関係でどうしてもあと一人足りないんだよな………。というわけで、名塚頼む! 女装してメイド役やってくれないか?」
「えっ?」「は?」
正直、嫌な予感はしていたのだ。
二年A組の文化祭実行委員に懇願され、名塚と八神は同時に声を上げていた。
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