僕はあなたになりたかった

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***    静かだ。  恐ろしいほど深い闇が、山の全貌を覆い包んでいる。そのなかで、僕と彼、二人以外の存在は全て消え失せたような、静寂がこの空間を支配している。  軽くこしらえた寝床に僕らは並んで座り、しばらくはぽつぽつと彼が話題を振ってくれていたがやがて会話も尽きた。  それからは、ずっと静かだ。でも、やけに心地よい。僕らという特異点を除けば、夜の山は恐ろしいほど音がしないからだろうか。  僕は横に座る彼を、ひっそりと横目で見た。彼はぼんやりと空を眺めていた。僕もそれに倣う。 「あ、星……」  僕の情緒もなにもない呟きに、横に座る人は、軽く笑って見せた。 「よく見えるよね、余裕がなさすぎて、空を眺めるっていう発想もなかったけどさ」 「そうですね」  そのまま二人して、空を眺めた。ふいに、ずっとこうしていたい、と思った。  山の奥で、この人と二人。僕とこの人だけが存在する世界で、ずっとこのままでいられたら、どれだけいいか。  そうしたらこの感情がなにか、名前をつけなくてもいいのに。この人が姉と愛し合うところを、見なくていいのに。 「大丈夫だよ、みぃちゃんにも、今日山に登ることは言ってきたから。必ず救助隊に連絡してくれる」  彼は自分に言い聞かせるようにそう言った。  僕はそんなことはどうでもよくて、ただ、みぃちゃん、と心の中で反芻した。  おそらくは、姉のことだろう。みぃちゃん。そんなふうに呼んでいるのは初めて聞いた。  この人のことだから、きっと名前にさん付けで呼んでいるんだろう、と勝手に想像していたのに。  みぃちゃん。みぃちゃん。  きっと、早く、“みぃちゃん”に会いたいんだろうな。 「必ず、救助は来るから……」  また、彼はひとりでに呟いた。 「そうですね」  嗚呼、救助なんて、来なければいいのに。
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