プロローグ

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 それでも、今夜は胸がざわついて落ち着かなかった。  何かが起きる。  その確信だけが、今の彼を動かしていた。  彼の胸の中に正体のつかめない焦燥が募る。  早く、早く見つけなければ。  気は(はや)るばかりだ。  だが、いったいなにを見つけるというのだろう。  ホテルでじっとしていられず、こうして夜の散歩に出たのだった。  ただ気持ちの赴くまま、歩き続けている。  ふと見上げた月には、(かさ)がかかっている。 「見ろ、月暈(げつうん)だ。白虹(はっこう)ともいう」  青年は男の子に教える。 「月に輪がかかっているだろう? あれを見ると幸運が訪れるのだそうだ」  男の子は空を見上げた。  グレーの空に誇らしげに輝く月。その周りを銀色の雄大な円環が囲っていた。薄くまとわりつく雲はまるで炎のようにふちどる。 「すごい! 初めて見た! じゃあやっぱり若様にいいことがあるのかな」 「お前にもいいことがあるよ、きっと」  青年は穏やかに微笑した。  実際にはそれはただの自然現象だ。巻層雲(けんそううん)というごく薄い雲が月を覆い、雲の中の氷晶に月光が屈折しているだけにすぎない。これが出ると翌日は雨になるという。  涼しい風が冴え冴えと渡り、河原のススキがまたざわめいた。
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