真贋の目

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「だからっ!!!あの絵はホンモノのシャガールの絵だって言っているのっ!!!」  大学のカフェテリアに響き渡った葉月のヒステリックな声は、殺気に似た怒りを帯びていた。机に手をドンと叩きつけた衝撃で揺れる綺麗に結われた黒髪のツインテール。前髪から覗く吊り目がより一層、強調されているように思えるのは彼女が最近変えたと言っていたアイライナーのせいなんかじゃない。 「…違うの、葉月。あれは贋作で…」 「そういうことじゃない!!!」  あれは贋作で、に続く、私が描いた絵だから、という何度目の言葉を遮るようにして葉月は叫ぶ。彼女の、そういうことじゃない、という言葉に違和感を覚えてしまうのは、私の言葉を否定することが、絵画の価値はその真贋にはよらないという矛盾を示すことになり得るからであろうか。 「この絵は素晴らしい絵なの!例え、これが贋作だったとしても私にとってはホンモノなの!!!150万?いいえ、それよりももっと価値がある!!!だって、この絵は沙耶が私のために見繕ってくれた絵なのだから!!!」  まただ。どうして彼女はわからない?  だからこそ、贋作であるこの絵を葉月に渡せないと言っているのに  そもそもここまで話がこじれてしまったのは、土壇場で私がこの絵を渡すことは出来ない、と言ったことにある。けれど、これは仲直りのためのもので、そうであるにも関わらず彼女が提示した150万円という金額を取り繕うために私は彼女を騙そうとしたのだ。それなのに。 「…ゴメン、やっぱり…渡せない…」  絞り出した声に、そう、と淡泊な声で短く返す葉月。じゃあ、また、と手を振る暇も与えず、彼女は立ち上がり、その場を立ち去る。去り際の彼女の瞳はなぜか濡れていた。  彼女の華奢な後ろ姿から目を逸らせずにいる私は未練がましくて、傲慢な女だと思う。  私が失ったものは往復の電車賃だけだったのだろうか。
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