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翌日、
男は警官から尋問を受ける事になった。
朝から勇んで携帯電話の契約に出かけた。
だが、いざ契約の段になって、事が上手く運ばない事が露見した。
割賦審査が通らなかったのだ。
通らなければ端末は現金での購入が必須となる。
この男が纏まった現金など持ち合わせる筈がない。あったとしても、使って良い金ではない。
だが、男にはどうしても、それが必要であったのだ。
ムラタ氏とやり取りをして、何としても取引を開始せねばならない。
男ははじめ、怒るのではなく懸命に、店員にその事を説いて聞かせた。
─ 自分はこの国で誰よりも先んじて髭の売買に手を付ける。だから、いずれは大金を手にするのは間違いない。これはビジネスの話だ。その為にそれが必要なのだ。先行投資だ。現金が必要なら、後で三倍にも四倍にもして払うのだから、何を憂う事があろうか ─
勿論、そんな理屈は誰にも通らない。
だけど男には、その通らない事が通らない。
押し問答の末に、とうとう男は怒り出した。
形振り構わず怒鳴り散らし、周囲の目を一斉に集めた。
陳列してあるサンプルを手に取り投げつけ、待合のソファーを足蹴にした。
いつの間にか、誰が呼ぶともなく警官が三名やって来て、忽ちに男は取り囲まれた。
「一先ず署でお話を」と連行された。
家に帰ったのは夕刻であった。
玄関先で男は泣きそうになりながら空を仰いだ。
夕空は煉瓦色で雲は薄汚れていたが、それでも、止まる事なく流れていた。
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