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ゲレンデでもいたるところにいちゃつくカップルの姿。
さんざめく笑い声から逃げるように、美香はすさまじい勢いで白銀の世界を滑り降りた。
雪国生まれの美香は、スキーの腕なら自信がある。
高校時代は県大会にも出たことがあるくらいだ。
人の姿が見えない方向を選んで思いのままに滑っていると、風を切る感覚が心地よい。
次第に人の声は遠くなり、びゅうびゅうと耳元で風の鳴る音だけだ。
心地よい疲れに気分もすっきりして、ふと我に返ると、周囲にはまったく人の姿がなくなっていた。
「ここ、どこ?」
わずかに不安を帯びた美香の声にこたえるように、空には急速に雲が湧き出している。
「やだ、いきなり暗くなってきた」
山の天気は変わりやすい。
「風も強くなってきたから、吹雪になるかも。すぐに戻らなくちゃ」
焦る気持ちとは裏腹に、行けども行けども人の姿がない。
「やだ、どっちに行けばいいの?」
焦れば焦るほど道が分からなくなっていく。
半ばパニック状態で必死に動き回ることしばし。
風は次第に強くなり、巻き上げられた雪が視界を覆う。白銀に輝く粉雪は次第に厚みと重みのある灰色の雪になり……
「やだ、あたし遭難しちゃった……」
涙まじりにぼやいた声が、白に覆われた世界にじんわりと滲んだかと思うと……
「おや、こんな所にお客様?」
場違いに朗らかな声が耳に届いた。
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