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周囲は自然に満ちていた。道は未舗装。田畑は見当たらず、背の高い草が好き勝手に伸びて視界が遮られる。道が存在していること以外に、生活臭がしない。代わりに土と草の臭いが蒸し暑い風にまとわりついて吹き付けて来る。
自然? 未開の地では。
じい様の家から最寄りのバス停で降りて、延々とスマホのナビを見ながら歩いて来た。予定では徒歩三時間。親父にはタクシー使えと言われた気がするが、長く無縁だった田舎を散歩がてら歩いてみようと思ったのが最初の過ちだった。足が棒になっている。
「……ない。ないよな? ないな、ないわ」
ぶつぶつと呟きながら、人気のない大きなリュックの中に手を突っ込んでガサガサと漁る。期待する手触りが一向に来ない。
リュックを抱えるもう一方の手には画面が付いていないスマホを握ったままだ。
目を瞑れば、地図と経路は思い浮かぶ。
「この記憶を頼りに行けるか?」
確認を言葉にすれば、脳内でノーが返される。分岐した道でどちらが本道かわからず、地図があっても何度も確認した。そのうえ、道が曲がりくねっている所もいくつかあり、地図と見ている景色を一致させられないことは明らかだった。
「どうすっかな」
行くか、戻るか。戻れるのか?
もたもたしていたら、この野生な世界で一晩を明かすことになってしまう。
熊とかいないよな。あれ、これガチ目な命の危機では。
気づいた瞬間、怖気が走る。体の真横を軽トラが走り抜けた。クラクションを聞いた気がする。
何があったのか、軽トラをボケっと見ている。すると、蛇行した車輪の跡が続いた先で止まった軽トラから爺さんが下りてきた。
「オメエ、何ぼさっと突っ立ってんだ。轢くとこだったろうが!」
爺さん。人だ。ヒト科である。ヒト族である。ホモ・サピエンスである。野生に人。最高である。
感慨に耽っていたら、爺さんは既に踵を返している。
文句を言って満足してしまったらしい。このままトラックを見送ったら、一人に逆戻り。命の危機に逆戻り。
衝動に突き動かされるように駆けだしていた。
重かった足が上手く回らない。躓いてよろけるなら手を使ってでも前に進む。四足の獣でも駆けられるのだから、止まる理由にはならない。
音に気づいて振り向いた爺さんの表情が恐怖に固まった。何か怖いものでもあるだろうか。
そんなことよりも今は、この爺さんだ。逃がしてはならない。
「--ぁ、はぁ。俺のだ。これは俺の爺さんだ」
がしりと片手で肩を掴んで捕まえる。
息を整える間、爺さんの「なんじゃー、なんじゃー」という情けない声が続いていた。
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