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「いやー、助かりました。死ぬかと」
ハンドルを握る老人を見る。見知らぬ老人だ。焼けた肌に深い皺が刻まれている。全体的に肉が落ちて細いようだが、立ち居振る舞いから活力を感じた。
助手席に乗せてもらい、来た道を戻っている最中だ。
軽トラの荷台に積んでもらえればいいと言ったが、薬品を運んだとかで、見た目より汚れているからと助手席を促された。確かに荷台はちょっと変な臭いがしていて、衣服に移ってしまうのは避けたいレベルだった。
「オメエ、人に会いに来たって言ってたが何であんな所に? 私有地の山に続く道でな、あの先に家はねえぞ」
やっぱり荷台よりも車のシートだな、と尻で感触を確かめていると爺さんに尋ねられた。
「祖父に会いに来たんですが--」
「オレに孫は居ねえかんな!」
「すみません、さっきは必死で」
先ほどの引き留めが余程に恐ろしかったのか、被せ気味の主張に苦笑する。
そんなに怖かっただろうか。
「目的地が近いって話だったな」
しばらく黙ってハンドルを爺さんが指で叩く。
「……オメエ、宗助んとこ、あー、朝霧の孫か?」
じい様の知り合いだったようだ。よくよく考えれば、この辺りだったら顔見知りしか居ないのかもしれない。
「はい、孫の謙久です。朝霧宗助を訪ねに来ました」
「宗助んとこなら、このまま送ってやる」
こちらから言おうと思ってたが、爺さんの方から申し出てくれた。感謝である。冷房の効いた車内を体感した後では歩く気など消し飛んでいた。
「宗助んところに何の用だ?」
「ん、用すか? ただの様子見ですよ」
じい様がボケたなんて、うっかり口を滑らせたら狭い界隈、噂は一晩で広まりそうな気がする。間違いだったら面倒だ。伏せておこう。
「久しく来てなかったので。働いてない俺が偶には顔を出すってことになって」
「オメエ、ニートってやつか? あの宗助の孫が穀潰しねえ」
「文字通りっすねー」
ド直球な煽り頂きました。事実を指摘されて怒れるならニートなんて気疲れしてやってられませんわ。
言い返して車から放り出されるのは嫌だし。じい様の家に冷房が効いたまま着けるなら願ってもない。
そうしてサンドバッグになりつつ、しばらく待てばじい様の家の前に付いた。
記憶通りの家がそこにあった。車で付けられるのは家の下まで。そこから石段を踏んで門前に上がらないといけない。
敷地が広く古めかしい、背が低いが立派な造りの家は、屋敷と呼んで差し支えない。
子供の頃はでかい家くらいに思っていたが、今になって思うとじい様は立派な地主様とかそういう存在なのだろうか。
「ありがとうございました」
助手席から下りて、一万円札を座ってた席に代わりに乗せる。なけなしのポケットマネーから出した。旅費は明細をお父様に出すことになっているので使途不明金を作れない。悲しい事情である。
「は? 要らねーよ」
「命の恩人ですんで」
「だとしたら、安くねーか」
「いやいや、妥当な値段っすよ。じゃ、本当に助かりました」
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