じい様はボケたのか

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 予期せぬ展開に、じい様を監視する時間が増えた。  意識してみると、じい様は一人の時には虚空へ向かって話しかけいる。  じい様の視線が向かう位置を見ると、ばあちゃんの背丈にちょうど合うなと感づいてしまう。  その時も、じい様をこっそり覗き見ていた。最近、険しい顔をする機会が増えたと思っていたが、その時が一番顕著だった。 「……迎えにいかねえとな」  ぼそりと呟いてから口を閉ざしたじい様は、探るように周囲を見回してから声を上げる。 「謙久、ちょっと出て来る。留守番しててくれ」  家中に響く声だ。聞き逃しは無いだろうと判断したのか、返事も待たずに外へ行ってしまった。  向かったのは山の方だ。  当然、俺は後を追う。じい様がボケているとは思えないが、これを放置できないのは確かだ。  じい様の後を追ってしばらく、草木の臭いに混ざって異臭が届き始めた。腐臭とケミカル臭を混ぜた鼻が曲がるような臭いだ。  じい様は臭いが強くなる方に迷いなく進んでいく。  たどり着いた先はゴミ山だった。家電や不燃物だけじゃなく、何かわからない工業製品の缶のようなものまで転がっている。 「香代子、帰ろう」  じい様が何かを見つけ小走りになる。その先にはゴミしかないが、空気を抱き上げるような仕草をした後、しっかりとした足取りでゴミ山を後にした。 「何だよ、ここ。じい様は何を見て……」  ふと周囲を探ると、ゴミ山の中にきらりと光るものが見えた。  妙に心惹かれ、それを手に取ってみる。 「高校総体のトロフィー? 陸上400m?」  見覚えがある形だった。文字を目で追えば、それは自分が高三の夏に勝ち取り損ねたものだ。 「何で、こんな所に……それより、何で今更こんなもん」  期待に応え損ねたのは、これが始めてだっただろうか。違うな。そう強く認識したのが、この時か。 「すげー、か」  いつから謙哉は俺に言わなくなったのか。このトロフィーを取れなかった時よりは後だった。  その後には受験に失敗して、何年浪人生活を送ったんだったか。  いつからニートへと名乗りを変えたんだったか。  期待が重かったのだと知った。他者からではなく、自分の。  底の底。二度と浮かばない所まで沈んでいたい。  それが一番諦めやすいから。希望を見出せないから。  そうしていないと、自分に何ができるのかと考え、期待してしまう。それはとても辛いんだ。  自分はその程度の奴だから、迷惑を許してくれる人に甘えて、ただただひっそりと生きていたかった。
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