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「昔さぁ。ほぼ真っ暗みたいな中でよく帰ってたじゃん」
「もう俺らも付き合い随分長いんだぞ。昔っていつだよ」
「大学時代だよ、山ん中の」
「ん-……? 真っ暗ってあれか、研究室ん時の頃か?」
「そうそう」
俺達は同じ大学で、同じ研究室の仲間だった。
動かないプログラムを試行錯誤して、遅くまで良く残っていた。
ダラダラ過ごしていた時間もあったし、趣味の作品でなんてこともあったけど。
とにかく、俺達はその頃に夜遅く帰ることが多かった。
「街灯はあったじゃん。一個ずつがすっごい遠い奴」
「わかる、丁度中間ぐらいがめちゃくちゃ足元暗かったんだよなー」
山の中にある大学は、最寄りの駅までの道のりが遠かった。
早い人で十五分、遅くて三十分なのでものすごく遠いってわけではない。
けれど、昼でも人通りのほとんどない道は夜では通るだけでも少し緊張する。
民家もあるとはいえ、すぐそこが道こそないけれど山に繋がっていた。
「つーか真っ暗ではなかったじゃねぇか」
「道はそうだよ。でも横道とかすぐそこの山とかもう、影絵みたいだったじゃん」
「あぁー『そこに山がある』ってのが分かるだけで真っ黒なヤツな」
「それそれそれ。街灯の近くはぼんやりとなら見えるけど、それも遠くてさあ」
「帰り道あそこからなんか出て来るんじゃねぇかってドキドキしたなぁ」
「あったねー。結局何も出てこなかったんだけど」
「だな。基本は夜に通る時は車だったしなぁ」
「すぐに通りすぎるけど、いまだに鮮明に思いだせるんだよね」
「わかる、印象に残ってるなぁ。ただ通り抜けるだけだったんだけどよ」
車に乗ってならそのまま出かけることも出来た。
交通量自体は少ないが、大学に続く道なだけあって二車線と歩行者用の道があり、舗装もしっかりされていた。
ただ、大通りに繋がるまでは曲がりくねった道路をいくつか越えなければならなかった。
最寄りの駅に行くのでも何回か曲がらねばならないのがさらに、だ。
他の道を通ることも出来たけれど、車での出入りのしやすさでその道をよく使っていた。
そこでふと、思いだしたことがあった。
「なぁ、覚えてる?」
「何を?」
「その途中にさ、道あったじゃん」
「道……? 全部道だろ?」
「あーっと……そう、なんだけど。横道、日中でも木で暗くなってるヤツ」
「あ! わかった駅からのが近い所だろ?」
「そう!」
俺達がいつも使っていた道には、いくつか道が繋がっていた。
どれもこれも車が一台通り抜けたらギリギリ、みたいな道幅をしていた。
大概は畑や田んぼ、その先に民家がぽつぽつと見えていてその為にあるんだろうなと思っていた。
けど、その横道だけは様子が違った。
他の見通しが良い道とは異なり、両側に木々が立ち並び、日中のいつ見てもどこか暗かったのだ。
「そこさ。どこに繋がってるんだろうなーって。多分山に繋がってると思うんだけど」
「ん? お前通ったことなかったのか?」
「うん。近くまで行ったことはあったんだけど……通り抜けようとしたらなんだか怖くてさ」
何がどう、と聞かれても困る。
近寄る度に、圧を感じてゾッとしてしまうのだ。
どこににでもあるような木々に挟まれた細い道。
ただ少し暗いだけで、その隙間からはいつも見える畑も田んぼも民家も見える。
だというのに、俺は一度も通り抜けることが出来なかった。
「あそこな、結構遠回りだったぜ」
「……え? もしかして使ったことあるの!?」
「あるある。もしかしたら大学に近い側にでるんじゃねぇか、と思ってさ」
「遅刻しそうな時に?」
「それ迷ったら完全に終わりだろ。午後からしか講義がない日に、早めに食堂で昼飯食おうと思ってよ」
「ああー、2限終わるより早く開くし空いてたもんねー」
「そうそう。大学自体広いし、道は舗装されてるけど坂道続きで中も山みたいなもんだし。ワンチャンあるんじゃね? と思って」
「ノリで繋がってるかどうかわからない道を通り抜けたの?」
「おうよ!」
俺達の大学はある意味では確かに山だった。
山の中にあるし、駅から斜面を登ってたどり着くし、その中も坂道だらけだった。
まず大学の入口は、門から最初の建物までが遠い。
そして他の建物までの距離も若干遠い上に昇るにしろ降りるにしろ、傾斜があった。
門から一番遠い奥の建物まで行くと、坂の上なだけあって今まで横を通り抜けた建物が低ければ屋上が見えたりする。
向きを変えれば、駅へ繋がるくねくねと曲がった件の道も、今話題にしている横道も見えていた。
ただ、角度的に横道からどこに繋がるかまでは見えなかった。
そんな風に敷地も高くなっていくし、傾斜で道のつながりも分かりにくい。
鍵はかかっている可能性はあるが、俺が知っている以外にも、別の入口が他になくはないだろう。
「それで、あったの? 繋がる道」
「ああ、あったよ。けどすーごい遠回りしてさ。途中で大学遠のいてったから急いで地図見たんだけど」
「けど?」
「民家とかあるのにまさかの圏外」
「マジか」
「途中ガチで山の中みたいな所に出ちゃって。日中なのに結構暗くてよ」
「うわー……一人で、だよな」
「もちろん。それが結構長くてな、途中色々と覚悟しそうになった」
「俺多分怖くて動けなくなっちゃう」
「だからお前は通らなかったんだろ。いやーマジで焦った焦った。まあでも、何とかたどり着いたわけよ」
「そこで戻ったりはしないの、凄いよな」
「戻るにはもう何度も曲がってて自信が無いし、だったらまだ昇った方がましかーって」
「なるほど……」
「どうやって通って来たのかも覚えてないし、結局ついたのはいつもの門に繋がる横の道だった」
「へぇーそうなんだ」
「だからあれ以来通ってないな。飯も間に合ったけどギリギリだったから」
「今思いだしたけど、2限終わりの食堂ダッシュも早かったよな。いつも俺達の分もお前が席取ってさ」
「感謝して敬え? ちなみにその日もだらだらと昼食集合したんだぜ」
「ああ~……なんか着いたらもう席取ってるって連絡来てたことあった」
「懐かしいなぁ」
うんうん、なんて頷いた後。
長年なんとなく怖いままだった道の正体が分かったことに胸を撫でおろした。
「そっかぁ、俺がビビりなだけだったんだなぁ」
「いや? 普通は知らない道は通らないと思うぞ。無謀すぎるし無駄すぎる」
「……確かに?」
「どこに繋がってるとか書いてなかったし、そういえば暗いのはあの横道入ったとこと、途中のそのマジで山みたいな所だけなんだよなぁ」
「へぇ、そうなんだ」
「おう。駅からの道からすぐ横んとこはちょっと行ったら両脇の木々が無くなって明るくてよ。普通の道が繋がってるだけだった」
「怖そうだけど……一回ぐらい通っておけばよかったかな?」
「やめとけやめとけ、途中ほんとに危険を感じたし、何より結構遠かったからさ」
「ははは、そうだね」
なんて話あっていると、ガチャリと扉が開いて見慣れた顔が顔を出した。
今日は同じ大学の研究室で仲の良かった三人で久しぶりに集まって、ランチの後にゆっくり遊ぼうぜという会なのである。
何をするかは決まっていないが、自然と決まるだろうし、決まらなくても楽しい友人だから問題はなかった。
「よっ、お待たせ」
「遅かったな」
「遅刻なんて珍しいね」
「なんか緊急の車両点検が必要になった、とかで電車が止まっちゃってさー。いやーアプリが便利で良かったぜ、地図見てなんとかたどり着いた」
「良かったな、圏外じゃなくて!」
「ははは、さっきの横道じゃないんだから」
「横道? 何の話だ?」
「さっきね……」
合流した友人に、懐かしい思い出話を挟みながら、駅から大学へ続く道の途中にある『横道』の話をした。
すると、途中まで懐かしそうにしながら聞いていた友人が怪訝そうな顔をした。
「どうしたの?」
「そんな道……あったか?」
「え?」
「何言ってんだよ、あっただろ。いつも見えてたじゃん」
「……いつもの、駅から大学までの道だろ?」
「そう、その途中。駅から上がってって近い所。遠くに民家と畑が見えて、田んぼが近くに並んでるとこ」
「分かるよ。けど……そんなものないだろ?」
「嘘だぁ~」
「俺達の事ビビらせようとしてるでしょ」
「いや、そうじゃなくて……」
そう言うと、彼は慣れた手つきでスマホの地図を表示した。
この駅だろ、と言いながら画像で実際の道を確認できる機能を使う。
「そうそう。ここからあがってって」
「懐かしいなこれ」
「わかる。ここ変わんないんだな」
少しだけ顔が綻んだのも束の間。
何回かタップしたところで表示された画面を見て、俺達は固まった。
「うそ……」
「マジで、無いじゃん……」
「そうだよ、無いんだってそんな道」
「いや、過去だったらあるかもしれないだろ」
何回か撮り直しされていて、過去の状態も確認することが出来る。
俺達が大学に居た頃にはこのアプリはもうあったから、年代的に見れるはずだ。
その頃の時間まで確認しながら戻して、手が止まる。
「ない、ね……」
「だろ? だからそんなところに道なんてないんだって」
「いや、そんなはずは……!」
「あっ、おい!?」
そう言ってスマホを奪い取ると、さらに限界まで遡っていった。
どんどんタップを繰り返し、素早く確認していく彼の手が止まった。
俺達は動かない彼を不思議に思って、横から画面をのぞき込んだ。
これ以前のデータは存在していません、と表示されていた。
「……な? ないだろ」
「そう、みたいだね」
「じゃあ、じゃあさ……」
俺よりもずっと顔色が悪くなった友人は、静かに零した。
「俺が通った道は、あの山は。一体どこだったんだよ」
学生時代に怖かった山道は、大人になって怖い山道になったのだった。
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