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 一週間前、東北から帰って来た夫を出迎えたときから小さな違和感はあった。  もともと夫は「ただいま」の発音が独特だった。疑問符が半分だけ付いているみたいな、微妙な上がり方をする語尾。そのアクセントに私は、「俺が帰ってきたぞ、ねぎらえよ?」とでも言われているような圧を感じていた。  それが、出張から戻ったあの日を境に、夫は標準的な発音で「ただいま」を告げるようになったのだ。  それだけなら、「おや?」と思う程度だった。朝起きる時間、好きな動画のチャンネル、入浴時に歌う歌なんかは以前と変わらない。私や子どもたちへのあたりが柔らかいなと感じたものの、むしろ快適なので特に気にならなかった。  けれど、ギョッとしたのは昨日の夜中だ。夫は仕事で疲れているせいか、布団に入ると数分で眠ってしまう。寝付きの悪い私は、いつものように夫のいびきを背中で聞いていたのだが。 「n驕ゥ蠢fなト懷xgョ御コ?ay5縲チ」  不意に聞こえてきた音に、耳を疑った。でたらめにキーボードを叩いて作った文字列を五倍速で読み上げたような、奇妙な音声。思わず振り返ると、夫は仰向けで目を閉じたまま、口をもごもごと動かしていた。
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