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「ただいま」  午後9時30分、仕事から夫が帰宅。その微笑、その声音、その所作で、私は確信した。  あぁ、やっぱり。  間違いない、この人は、と。 「おかえりなさい」  かばんを受け取り、何にも気づいていないふりで夫にほほ笑み返す。彼は革靴の紐をほどいて廊下にあがり、私に聞いた。 「子どもたちは?」 「さっき寝たところ」 「そうか、寝顔を見に行ってもいいかな」 「いいけど。もしも一哉(いちや)がまだ寝てなかったら、来月お小遣いなしだぞって言ってね」  長男が起きていればこの会話も聞こえているはずだ。八歳の子どもなど、寝たりふりをしているうちに眠ってしまうだろう。  夫は小さくうなずき、左側にあるドアをそっと開けた。  。そんなことを、夫はわざわざ聞く人ではなかった。息子たちが赤ちゃんの頃は、私がやっと寝かせた子にちょっかいをかけて起こし、「起きちゃったかぁ」と嬉しそうにしていたものだ。そのくせぐずって手に余ればすぐ私にバトンタッチして、好きな動画を観ながら一人優雅に晩酌を楽しんでいた。  靴紐はほどかずそのまま脱ぐ人だった。ドアの音に気をつかう人でもなかった。  夫のかばんを寝室に置き、私は考えた。いったいあの人は何者なんだろう。出張先で夫に何があったのだろう、と。
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