白い本

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 二見恵子は 高校から下校するなり、棺桶に入った父の姿を見て、(誰の仕業か知らないけど、父さんの運命を機械が決めるのなんか、許せない!)  そう思った。  二見恵子は超能力者、時間を二十四時間だけ巻き戻すことができる。その相棒のゴンタロウはパワードスーツの機能を持つアンドロイドで、戦闘用にもかかわらずロボット三原則、とりわけ人間の保護を厳守するようにインプットされている。  よって単独では戦えない。恵子を中に入れてサポートすることで、ようやく悪人と対峙することができるのだった。  恵子の父親が自宅で殺害された。  彼の職業は自衛隊特殊部隊の隊長。階級は陸上自衛隊三佐――  ドローンやロボットを利用した特殊犯罪を解決してきた彼を目の上のたん瘤と認識する仮想敵国や犯罪組織は多い。今度の事件も、その中の一つに違いなかった。  母によると恵介の足元に、表紙も中身のページも真っ白な本が転がっていたという。  恵子が「死因は毒殺? それとも扼殺? 撲殺ってことはないよね?」と、祖父の源葉斎に聞くと、このように答えた。  「銃殺じゃ、大口径の銃らしく、胸のところに大きな穴が開いておった。たぶんマグナムじゃの」  「でも、家の中で銃の音はしなかったんでしょう?」  「そうじゃ、そろそろ空手道場の練習生が集まる時刻だから、わしとお母さんは道場におったが、そんな銃の発射音は聞こえんかった」  「それじゃ、銃の音は騒音で聞こえなかったんじゃないの?」  「いや、いくらなんでも中の音が派手に響けば、聞こえるはずじゃ」  そういう源葉斎だが、恵子は怪しいと考えていた。殺人現場の庭と道場とは二十メートルほどの距離がある。練習生の声でかき消された公算が高い。  恵子はゴンタロウに訊いてみた。  「あんたの力で、父さんの死亡推定時刻はわかんないの?」  おそらくサーモグラフィで確認したんだろう、ゴンタロウは正確な時刻を割り出した。  「死後硬直が雄弁に物語っています。わたしが配達人から小包を受け取ったのが五時半、そのあと庭木に水を撒いていたお父さんのところへ持っていたんです、事件はそのあとすぐか、二十分前後のあいだに起きたものと推定できます」  「お前がいながら、防げなかったの! この電化製品!」と、叱ると、ゴンタロウは「申し訳ありません、荷物は必ずエックス線で中身を確かめていたんですが、ただの本でしたし……。そのあと買い物に出たもので、まさか、こんな事件が起きるとは考えもしませんでした」と、いかにも残念そうだ。  「うーん、お父さんも久々の休日で気が緩んでいたろうしね……」恵子は腕組みをした。  (庭の地面を見ても、人間か、なにか重量があるものが近づいたり、庭に潜入した痕跡がない。うーん、どう考えても、本が怪しいね……。でもこれは厄介だなぁ、小さな虫みたいなドローンだったら手も足も出ないよ)  ゴンタロウは戦闘用だが、あくまでパワードスーツとしての機能しかなく、移動スピードも人間が走るくらいしか出ないし、殴るスピードも同様だ。人間が目で追えないスピードで動くドローンでは相手にならない。  (畜生! 圧倒的に不利じゃんか!)  すると、ゴンタロウが「安心してください。虫型のドローンならモーター音がするはずです。お爺さまが無理でも、アンドロイドの私の耳は誤魔化せません。おそらく相手は本の中に潜んでいたなにかです。いつだったかリボン型の薄っぺらいドローンを相手したことがあるから、そのたぐいでしょう。破壊するには濃硫酸をお勧めします」  「濃硫酸? そんなもん、どうやって扱うのよ」  「ご安心ください、お父様に注射器を用意するように伝えておいてください。ガラスなら濃硫酸でも反応しません」  「わかった! よーし、やるか!」と、気合を入れるために恵子は自分の両頬を叩いた。  その瞬間、時間が巻き戻る。  危機を恵介に伝えた恵子はゴンタロウの中に入り、郵便局員から小包を受け取った。  すぐに庭で包装紙を開くと、中身は夏目漱石の『吾輩は猫である』だ。  どこの本屋でも売っているような名作だが……。  「さて、どこに隠れているのかしら?」  ページをめくってみたら、いきなり表紙と中身の文字が溶けて、一本の太い針になってゴンタロウの胸を刺した。  ガツン! 人工皮膚の下の装甲が音を立てた。  「こ、これが《銃》の正体か!」  文字を印刷したインキに擬態して、液体金属製のロボットが潜んでいたのだ。  ゴンタロウの作戦では、小包を庭に移動させから地面におき、注射器に仕込んだ酸を振りかければ、それで終わりのはずだったが、そうはならなかった。  このロボットは特殊コーティングしてあり、酸などではビクともしない。  「わ、わ、わ! 話が違う! 溶けておしまいじゃないの!」  このロボットは何度も装甲板を貫こうして、滅多やたらと攻撃してくる。  同じ個所を攻撃しても無駄と知るや、今度はゴンタロウの体で装甲が薄い部分はないか、試し撃ちし始めた。  それがあっちでガツン! こっちでガツン! と、恵子の鼓膜を揺らして、うるさいこと、うるさいこと。  「わ~! やかましい! と、言うかぁ、ピンチじゃん!」  恵子は拳で殴ったものの、効果なし、なんせ相手は液体金属なのだ。打撃では破壊できない。ロボットはドット状に分散すると無数の針に変化しながら、猛スピードで人口皮膚を穴だらけにしていく。どうやら関節のモーターを探っている様子だ。  彼女はゴンタロウに「ひゃあ、勝てる気がせんわ、こんなの」と、思わず弱音を吐いた。  駆動モーターが故障すると、ゴンタロウの動きが止まってしまう。  それに恵子が呼吸する用の通気口がわかれば、そこから中へ侵入するかもしれなかった。  「マズいです、敵のAIを焼くしかありません」  「なら物置にある灯油をかぶって火をつけるとか」  「そんな事すれば、通気口から火が侵入して恵子さんが大やけどです」  「なら残りはこうだ!」  恵子は庭木に水をやるホースで水をかぶると、庭の照明のスイッチを押して、急いで電球を外し、電球ソケットに指を突っ込んだ。この方法だとゴンタロウとロボットは感電するが、中の恵子は外側の装甲板がアースの代わりになり、電流は地面に流れるので感電しない。  間一髪だ、もう少しで敵は弱点の通気口を発見するところだった。  ロボットの動きが止まり、ただのインクに戻っていく。  ゴンタロウはインクの染みだらけだ。  恵子は「やったよ! ゴンタロウ! あれっ? ゴンタロウ!」と、呼びかけたがゴンタロウは動かなくなり、彼の頭からコンピュータが故障した、カシャ、カシャという嫌な音が聞こえてきた。どうやらハードディスクが壊れたらしい。  (自衛隊にバックアップがあるから、新品にハードディスクを入れ替えれば復活するから、まあいいか)とは思ったものの、サポートなしでは恵子はゴンタロウの中に入ったまま動けない。  「うーむ、やっちまったか」  彼女は部下とともに待機しているはずの父に呼びかけた。  「父さん! 助けて! ゴンタロウが壊れちゃったよ! たーすーけーてぇー!」  見守っていた祖父の源葉斎は娘の洋子の母とともに、恵介の背中を叩き、「早く助けてやらんか! 可哀そうに! 判断が遅いぞ!」と、叱った。  何もかも終わった。と、だれもが安心した時……異変は起きた。    
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