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ミスマッチングアプリで出会ったら。
「どもー。はじめまして」
……どうも。
「んー? テンション低いねー」
……はぁ。
「やっぱりいきなり会うってのは急すぎだったかな? いやー、まだるっこしいのは苦手なもんでさ」
いや、それは全然問題ないんですけど。
「じゃあ店? 昼間とはいえ居酒屋はマズかったかなー」
いや、ランチ美味しいし、それもかまわないんですけど。
「こういうのは初めが肝心だからねー。気になることがあれば遠慮なくどんどん言ってよ」
じゃあ、言わせてもらいますけど。
「どうぞどうぞ」
――なんでマッチングした相手が、あなたなんですか?
「アプリが勝手に選んだ結果だからねー。こちらとしてはなんとも」
私、こう見えても、けっこう優良物件だと思うんですよ。
「自分で言うとは、なかなかの自信だ」
大学もそこそこいいところを出ていますし、いま勤めている会社も一部上場企業なんですよ。
「CMで見たことあるよー」
嫌味じゃなく、見た目もそれなりに整っているはずです。
「うんうん、自信持っていいよ」
これまで付き合ってきた男性も、みんな私と同等かそれ以上の稼ぎや容姿をしていました。
「華麗なる遍歴というやつだね」
……なんで、あなたなんでしょうか。
「確かに。話を聞く限り、疑問に思うのは当然だねー」
アプリに登録するとき、プロフィールをいろいろ記入するじゃないですか。
「あれ、めんどくさかったよねー」
好みについても細かく設定できたんで、私がんばって入力したんですよ。
「そりゃあ大したもんだ」
まずは収入。私より少なかったとしても、そこそこ稼ぎが安定した会社に勤めていることは最低条件です。
「至極真っ当なご意見だ」
それで、あなたは?
「絶賛フリーター中でーす」
これまでの彼氏は、みんな年下の料理好き男子だったんですけど。
「いい好みしてるねー」
プロフィールを見る限り、あなた、私よりも年上ですよね。
「よく童顔だって言われるけどねー。あ、料理はもちろんできないよ」
学歴もうるさく言わないけど、最低大学くらいは出ている人じゃないと。
「はいはーい。高校中退でーす」
……なにより、ですね。
「ん?」
――あなた、女性じゃないですかっ。
「うん。アタシもそれは不思議に思ってた」
……帰ります。
「まーまー、ちょっと待ちなって。もう少しお話ししようよ」
……どうしてこんなことに。
「アタシも、あんなプロフィールでどうしてこんなにすぐにマッチングしたのか疑問だったんだよねー」
馬鹿正直にすべて書いたんですか?
「うん。相手が見つかるとも思わなかったから、好みの指定とかはまったくしてないよ」
どうしてそんな人が、マッチングアプリを?
「両親が早く身を固めろってうるさくてねー。放っておくと見合いとか強引にすすめられそうな感じでさ」
それはそれで、幸せが掴めるならいいんじゃないですか?
「アタシにはビッグな夢があるんだー。小さな家庭に収まる器じゃないぞっ」
夢?
「そ、夢。キミには夢ってないの?」
早いところいい相手を見つけて、さっさと仕事を辞めることですかね。
「あらら、せっかく立派な会社にいるのに」
毎日忙しいだけですよ。やりがいも張り合いもあったもんじゃありませんから。
「エリートさんは、エリートさんなりの悩みがあるんだねー」
あなたの夢って?
「アタシ、役者を目指しているの。小さいけど劇団にも所属してるんだ」
……よく、まだ夢を追い続けられますね。
「友達や両親にもいろいろ言われるけどね。それで諦められるような夢なら、ホントの夢じゃないでしょ」
強いですね。いや、能天気なだけかもしれないですけど。
「キミもぶっちゃけるねー。うんうん、なんだか気が合いそうだ」
私はまったくそんな気がしませんが。
「どう? 試しに付き合ってみる?」
女同士ですよ。
「今どき珍しい話でもないでしょ。まあ、アタシも同性と付き合った経験なんてないけど」
私もそんな気はさらさらないですね。
「まあ友達ってことでもいいからさ。ちょくちょくこうやって会ってよ。そうすれば親にはなんとか誤魔化せるからさ」
別のマッチングアプリでいい相手が見つかったら、かまっていられませんよ。
「うんうん、それまででいーよ。じゃあ、よろしくってことで」
はぁ、よろしくです。
◇
「今日もお姉さんの奢りだー。さあさあ、なんでも注文したまえ」
ちょっといいですか。
「ん? どしたの?」
お金って、いまいくら持ってますか。
「さっきコンビニで下ろしてきたから、10万円は財布にあるよ」
……カフェでお茶するだけで、そんなに使いませんから。
「普段はそんなに持ってないよ。いつもは1、2万ずつ下ろしてるから」
銀行は、どこを使っているんですか。
「◯◯銀行だったかな」
コンビニATMで手数料、取られてますよね。
「そうなの? よくわからないけど」
ちゃんと画面とか明細を見てくださいよ。
「まーまー、どうせ端金でしょ」
お仕事、アルバイトでしたよね。
「うん。公演の稽古とかあるから、どうしてもフルタイムの仕事ができなくてさー」
そんな不安定な収入源で、そんなお金の使い方してたら、破産しますよ。
「大袈裟だなー。これまでもなんとかなってきたし、大丈夫だって」
……財布、貸してください。
「え?」
これからは、一緒にいるときは私がお金の管理をします。何か買いたいときは、私に言うように。
「えー、このあと買い物に行きたいのにー」
ウィンドウショッピングで我慢しなさい。
「はーい」
◇
「ようこそ! 我が城へっ」
……なんですか、コレ。
「ちょっと狭くて申し訳ないけど」
狭さとかの問題じゃないです。
「少し物が多いかもしれないけど、気にしないでね」
少しってレベルじゃないです。
「ああ、そこ。刺激すると雪崩が起きるから、あっち周りで部屋に入ってね」
部屋の中で遭難したら、洒落になりませんね。
「あはは、遭難って面白いこと言うねー」
笑いごとじゃないです。
「それにしても、いきなり部屋に来たいなんて大胆だねー」
…………。
「あれかな? あんなこと言ってたけど、結局はお姉さんの魅力に我慢できなくなっちゃったかなー」
…………。
「キミならいいかもねー。じゃあ、早速電気を――」
……もういいですよ。
「え?」
無理に、普段通りにしようとしなくてもいいですから。
「なんのこと?」
それなりに付き合ってきたんです。いつもと様子がおかしいことくらいわかりますよ。
「……まいったなぁ」
何かあったんですか?
「ちょっと、オーディションでキツいこと言われちゃって、ね」
いつものことでは?
「演技に関して厳しいこと言われるのは慣れてるんだけど。今日の人は大勢の前でアタシの年齢とか人格とかにネチネチ嫌味を言ってきてさ」
…………。
「おまけに『親の顔が見てみたい』なんてことまで言われちゃって。あはは、そこまで言わなくてもいいのにねー」
……何も知らないくせに。
「ん?」
そんな見る目がない人、オーディションに落ちて正解ですよ。縁が切れてせいせいしたじゃないですか。
「そ、そうかな」
よしっ、飲みましょう。
「え?」
はい、財布。今日はどれだけ使ってもいいので、なんでも好きなものを買ってきてください。その間に、私はこの部屋を掃除しておくので。
「え、え?」
さあ、腕がなりますね。
◇
「「かんぱーい」」
ついに主役ですか。おめでとうございます。
「ありがとっ。それもこれも、全部キミのおかげだよ」
私は何もしていませんよ。
「このオーディションを教えてくれたの、キミじゃない」
たまたま、サイトで見つけただけですって。
「オーディションに参加するための旅費とか宿泊費とかも、立て替えてくれたし」
まさか海外のロケ地で行うとは思いませんでしたので。
「ギャラが出たら、必ずまとめて返すからね」
撮影中に、無駄遣いしないでくださいよ。
「半年かー。会えなくなるの、寂しいなー」
仕事をしていれば、あっという間ですよ。
「一緒に付いてきてくれればいいのに」
私にも仕事があるんですよ。
「すっかり仕事人間になっちゃって」
最近は、誰かさんのせいで色々と稼ぎがいがありますから。
「誰のことだろーなぁ」
ほら、早く食べないと冷めちゃいますよ。
「すっかり料理上手にもなっちゃって」
誰かさんのせいですよ。
◇◇◇
――いまや押しも押されもしない人気俳優の仲間入りね。
「たまたま主演したドラマが当たっただけだけどねー」
私の会社でも、次のCMに起用したいって話が出てるよ。
「おっ、公私混同かな?」
純粋にあなたの実力だっての。私たちのこと、会社には言ってないし。
「あの実力派俳優に、まさかの同棲疑惑が?! みたいな?」
自分で実力派とか言わないの。
「ところでさ。この前のロケ先で、ビビッとくる靴を見かけてねー」
新しい靴、買ったばかりじゃない。
「アタシのじゃなくって、あなたに似合うと思ってさ。お店のご好意で取り置いてもらってるんだけどー」
自分のぶんは、自分で出すって約束でしょ。
「いいじゃん。プレゼントしたいのっ」
プレゼントのお金を出してもいいかを、その相手に聞くのもどうかと思うけど。
「いつも管理していただき、誠に助かっております」
ホント、今でも演技以外はダメダメの駄目人間ね。
「あはは。キミがいなかったら、どこかでのたれ死んでたかもねー」
ちょっと、冗談でもそういうこと言わないでよ。
「ごめんごめん。あ、そろそろ例のドラマが始まるよっ」
露骨に誤魔化したわね。今度のドラマって、あなたが企画したんでしょ。どんな話なの?
「マッチングアプリで出会った、正反対の二人のお話だよ」
え?
「私の相手は、男性の役者さんだけどね」
……へぇ。
「そういえば、アタシってキスシーン演ったの、意外とこれが初めてかも」
…………ふぅん。
「んふふー」
何よ。
「かーわいっ!」
こ、こらっ、ちょっと、離しなさ――
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