おかえりが聞きたくて

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 なかなか妻が出てこない。「おおい!」と何度も声を上げながら、手持ち無沙汰に庭が目に入る。妻はガーデニングとかいうのに凝っていて、庭は季節を問わずいつも花でいっぱいだった。なのに、そこには池と橋と鯉……?  そういえば、娘が生まれたとき、アプローチの門扉前に桐を植えたはず。が、今やきれいさっぱりなくなっている。  でもこのドアの形、大きさ、色紋様。建てる時にできるだけ大きく、威厳を、と特注したから間違いない。出窓やベランダは西洋にかぶれていた妻に任せたせいで、見ればすぐに我が家だとわかる小洒落たデザインだった。間違えようもなく唯一無二のそれそのものだ。  長嶋茂雄の引退と同時に立てた家だ。俺がさまよっていた時間のために、当時より色合いにくすみが出たとしても仕方ない。が、レンガ仕様の落ち着いた外観だったはずが、……なぜこんな、中年女の厚化粧のようなのっぺり白塗りに。  門扉横の車庫のシャッターが半分上がっている。が、そんなものはつけなかったはずで、そもそも、そこに入っている車がおかしい。  俺はカブトムシと呼ばれるフォルクスワーゲンのフォルムを好んだ。何とも渋めの青のそれが気に入っていて、暇があれば磨いていたものだ。だが、そこには今、黄色の角ばった軽自動車が鎮座していた。  表札を見る。……確かに、俺の名字だった。大きな一枚板に掘ってもらった筆記体。それも覚えより大分いい貫禄が出ている。 「おい帰ったぞ!」  俺はあれやこれやの違和感を振り払うように、もう一度声を荒らげた。  そしてようやく中から鍵が開く音がした。出て来た妻は、俺が妙な世界に飛ばされる前と全く変わらない――というか、若返ったと言ってもいいほど若々しい。  いや、何だその服。何でそんなに派手なんだ?
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