おかえりが聞きたくて

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「なあに?」  俺を見るなり、妻はそう言った。ジロジロと薄気味悪そうにこちらを見る。ドアはチェーンをかけた薄開きで、すぐにでも閉めようかという用心深さが見て取れた。 「なあに、じゃない。何だその恰好は!」  妻はちらりと自分の服装に目をやった。その袖なしの短いシャツにしても半ズボンにしても、目のやり場に困るほど肌が丸出しだった。髪だって、何だか赤光りしたカールがかかっていて、若作りも甚だしい。  俺があんな悪夢の世界に放り出される前最後に見たのは……50歳は過ぎていたはずだ。俺が何年留守にしたのかわからないが、年寄りの部類なのは間違いない。 「お前、年を考えろ、みっともない」  そう言いながら俺は玄関を入ろうとした。だが妻はドアチェーンを外そうとはしない。 「あんた、誰?」  妻は、憮然とそう言った。  ――あんた? 口の利き方が、妻らしくない。俺のいない間に礼儀も作法もなくしちまったのか?  しかも、誰、ときた。記憶喪失にでもなったというのか。こっちの方がよっぽど忘れたいことばかりを乗り越えてきたというのに。 「俺はこの家の主人だろが! 何をふざけたこと言っとる!」  俺はカッと来て怒鳴った。妻はそれでも不審そうに俺をジロジロ見続けたが、やがて肩をすくめチェーンを外した。
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