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いつだって妻は、小走りにスリッパを鳴らし、白いエプロンをかけたまま急ぎ出迎えてくれた。火にかけっぱなしの鍋や囲炉裏端の魚をあぶる手を止めて。時にそれであれやこれやを焦がしたりもしていたが、そりゃあ仕方ない。ここは俺が建てた家だ。一家の主人が俺だ。家計を支える俺がすべてにおいて優先されるのは当然のことだ。
上がり框に腰を掛けようとしてまた違和感があった。小石を敷き詰めたはずの三和土、続き間の畳の雰囲気に合わせた熊の彫り物。間接照明でわびさび感を醸す土壁。灯取りの丸障子に、違い棚。そんなものがすべてなくなっており、外国のような白一色の軽薄な内装となっている。すべてが床張りで、部屋数も間取りも別宅のように変わっていた。
目を丸くしていると、妻はなぜか得意げに言った。
「リノベしたのよ」
「リノ……何だって?」
しかも妻は、エプロンもかけていなければ、三つ指をつくでもない。俺に背を向けてずんずんと廊下を行く。
何なんだ。俺が苦労していた間。必死に帰ろうと頑張っていたときに。敬うという言葉を失くしたのか。
そんな怒りに連動してか、ちらっと頭に何かがよぎった。
――こんなこと、前にもなかっただろうか。
エプロンをかけていない妻。晩飯の支度ができていない夜。
「俺が必死で仕事しているときに。一日中暇なくせに、何て怠け者なんだ、お前は」
俺は怒鳴った。
そんなことが何度もあった……いや、それはいつものことだった。
「お隣からおすそ分けがあったの。煮物たくさんいただいちゃったから、今日のご飯はそれを――」
最初は、長男と娘が小学校に上がり、子育てにも手がかからなくなった頃だったように思う。なのに料理までさぼろうというその態度。
「手抜きか? お前の仕事は家事だろう? 俺が外でどれだけ疲れてると思ってんだ!」
妻は黙った。そしてそれから米を研ぎ始めた。晩飯ができるまで1時間かかった。そんなに待たされて、おまけに冷蔵庫にはビールが切れていた。俺は頭に来て、その煮物を皿ごと全部床に叩きつけた。
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