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「ねえ働きたいの」
妻とは見合い結婚だった。銀行に勤めていた彼女は、もう同期が次々と円満退職していく年頃だった。女を外で働かせるのはかわいそうだ、と、俺もそのくらいの常識はあった。だから結婚してやったのに。今更働きたいとはどういうことだ。俺の稼ぎが悪いみたいじゃないか。
昨今、男女雇用機会均等法とかいうのがもてはやされて、その気になっているのか。そんな必要がどこにある。俺は家族をきちんと養ってやっているというのに。
「何が働きたいだ。お前など家事くらいしか能がないくせに、世の中を甘く見るな」
瞬時に却下すると、妻は顔を歪めて下を向いた。
何が不満なんだ、と、妻が言うことすべてが気に障るようになっていた。
やがて、仕事から帰り、玄関先で「帰ったぞ!」と言っても、駆けてくるスリッパの音はしなくなった。散々待たされた挙句、仏頂面でのっそり鍵を開け、カバンと上着を受け取るだけの妻。ワイシャツのアイロンがけが雑。靴の磨き残し。床や桟の埃も目立つようになった。
どれもこれもいちいち腹立ちに拍車をかけることばかり。酒も料理もちゃぶ台ごとひっくり返す毎日が続いた。
気が付けば、妻は庭で空を見上げ、ひとりでブツブツとつぶやくことが増えていた。少しキツく当たりすぎたかと「どうかしたか?」と聞いてみたが、意味不明な笑みを浮かべ何も答えなかった。せっかく気遣ってやってもそれだ。そのうち他を放り出してそればかりに熱くなっている様子に、不快感しかなくなった。
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