おかえりが聞きたくて

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「そもそも、『おかえり』はどうした」  あの地獄のようなパラレルワールドで耐えられたのは、妻のその一言を聞きたいがためだ。それがずっと支えだった。そうだ、普段仕事しているときだってずっとずっとそうだった。その言葉と笑顔で迎えられると癒され、翌日も頑張ろうと活力になった。男たるもの、そんなことは口が裂けても言えなかったが。  袖なし半ズボンの妻は、俺の顔をじっと見てきた。そして笑った。 「今、わかった。あの謎の伝言」  何のことだ。  その浮気相手の男も「ああ」とポンと手を叩いた。 「ずっと昔から我が家に伝えられてきた言葉があるのよ。なるほどね」  妻はそう言って奥の部屋に俺を誘った。そこには、この軽薄な白っぽい内装に似つかわしくない、大きな仏壇があった。そうだ、俺が買ったものだった。そこに、たくさんの写真が飾られていた。  今目の前にいる妻とよく似た、だが年かさは増した女の写真がぞろぞろと。 「たぶんね、あなたの妻は、この人かな」  妻は写真の一つを取った。 「あたしのばあちゃん」  何を言っているのか。 「今は西暦2024年。あなたが消えてから25年が経ってる」 「はあ?」  俺がさまよった年月は……そんなに。 「おかえりを言え――そう喚き散らすモラルハラスメントオヤジがもしもやって来たときには、こう言って追い返せ、と」 「モラ……何だと?」 「『ただいまとおかえりは対言葉。言わない人に、返す言葉はありません』てね」
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