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それは、高くなだらかな丘の上にあった。
“風の丘”とよばれるその丘は、青い草原がゆったりと曲線を描いて広がり、一年を 通じて、清らかで涼やかな風が、これまたゆったりと、おだやかに流れている。 風の流れは、時おり低地へと銀鈴のようなやわらかな少女の声を運び、ひとびとはうわさした。 風の丘には、愛くるしい少女の妖精が、あるいはいとけない子どもの魔女が棲んでいる──と。
「たいへん! たいへんだわ!」
ぱたぱたと、と言うには少々せわしなく駆けてくる足音に、少年は本から顔をあげる。
「たいへんよ、ぽぷりくん!」
がちゃりとドアノブを握る音がして、それから我にかえって取り乱したことを恥ずか しく思うみたいに、控えめなノックが鳴った。
「どうぞ。鍵は開いていますよ」
以前、ノックなしに飛びこんできて、ぽぷりの着がえに居合わせ悲鳴をあげかけたことのある彼女は、ようやく一般マナーをひとつ学んだらしい。 ぽぷりの声に、慌てなおしたように扉が騒々しく開いた。
弾けるように開いた扉の向こうには、ミント色のスカートに朝陽みたいな真っ白のブラウス、腰に巻くタイプのレースのエプロンを身につけた、しあわせの妖精みたいにかわいらしいふっくらした女の子。冴えた感じはしないけれど、ふわりとした丸顔が、やさしげで愛らしい。朝陽を取りこんで、猫っ 毛がはしばみ色の瞳とともに煌めいている。
おとなしくしていれば、はっとするほどかわいいのになぁ。ぽぷりはどきりとしたことをごまかすように、やれやれと眉をさげて苦笑してみる。 彼女は砂糖菓子の精霊のように可憐だけれど、夏場のキャンディのように、繊細でちょっぴりやっかいだった。 すぐこうして騒ぐし。すぐかなしくなるし。かと思えばすぐころころわらう。 たくさん食べるし、デザートもないと怒ったり困ったりするし。わがままで気まぐれで、どうして女の子って、こんなにやっかいなんだろう。ぽぷりはまったく参ってしま う。
いまだって、いすに座って本を読んでいるぽぷりを見て、彼女はびっくりした顔で甘栗色の目をまん丸にしている。
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