三 推しの王子

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三 推しの王子

 その翌日、セリナはお忍びでラルトとある夜の店に来ていた。 「あの人たちが、音楽一座です」 「ほう……そして、その一番人気の男はどれだ」  フードをかぶっている二人は群がっている女達に目を見張る。 「金髪の人でしょうね、オーラが違いますもの」  セリナの説明では、今、あの金髪男に村の女性達が夢中になっていると明かした。 「女性は気に入った男性にお金を払うんです。すると後で一緒にお酒を飲んだり、デイトをしたりなど特別扱いしてもらえるそうです」 「詳しいな」 「実はうちのメイドの娘さんがハマってしまって……大変でしたから」  セリナの推理では、リリーも彼らに貢いでいたのではないかと言うことである。 「それは今、部下達が調べているが、お前はなぜそう思ったのかもう一度言ってくれ」 「リリーさんの言葉です」  セリナは応援しているしか使わない言葉を話していたと明かす。 「リリーさんは、『解釈違い』って言ったんです。メイドの娘さんもそう言う言葉を使う人だったんです」  この解釈違いとは、そのままの意味であるが、一般的な女性が使う言葉でないとセリナは語る。 「こういう言葉は、音楽一座を応援する人達が使うようです。他にもリリーさんは働いていた酒場のことも『現場』って言っていたと思います。これもそのままの意味ですが、音楽一座を応援している人達にとっては『舞台』とか、『会える場所』の意味で使われるみたいです」 「ふふふ。お前は本当に素晴らしい。まるで歩く恋の辞書のようだ」  やがて部下の聞き込みでリリーが金髪男に貢いでいたことが判明した。 「騒がしいな、帰るぞ」 「はい」  ラルト達は夜の店を脱出した。すると馬車の前に背の大きな騎士がいた。ラルトは声をかける。 「アンメルト。やっと来たのか」 「はい。どうぞ馬車に」 「ああ、……セリナ、乗れ。アンメルトはもっと横にいけ」    こうして二人で夜の街を脱出した。馬車の中、セリナはやっと一息ついていた。 「王子。後はリリーさんに亡くなったという弟さんの情報を詳しく聞いて、それに嘘がないか確認すればいいですね」 「ああ、弟というのも嘘だろうしな。それにしてもセリナ、俺は腑に落ちない。なぜあんな音楽一座が人気があるのだ」 「かっこいいし、優しいからじゃないですか」  はっきりいう彼女にラルトはムッとした。 「あんな軽薄そうな男達がなぜ人気なのだ! 外見だけが良ければそれでいいのか」 「わ、私が推しているわけではありません」  セリナはラルトを制した。 「そういう女の子って……現実はわかっているんです……そういう素敵な人のそばにいられないってことを……でも、せめて目の保養というか、そういう男性を見て元気を出しているんですよ」  セリナは俯いてしまった。ラルトは思わず馬車の窓から外を見た。 「それが嘘の愛でもか」 「……さあ、私はそこまでわかりません」  無言になった二人は夜の屋敷に戻ってきた。そしてこの夜の調査でリリーの罪は確定し、金髪男も同罪となり金を返金することになった。  ◇◇◇ 「……では、そのリリーは本気で金髪の男が好きだったのね」 「そうらしいです」 「病気の弟は嘘なのね……悲しいわね」 「はい」  アンに報告したセリナはどこか悲しかった。この日は休むように言われたセリナは、庭に出て花を愛でていた。 「セリナ」 「ラルト様、どうしてここに?」 「お前……現実が辛いのか」 「え」  ラルトはそっと花を見つめた。 「お前は言っただろう……だから美しいものを見るんだって。この花を見ているってことは、お前は悲しいのか」  すると、セリナはラルトを見つめた。 「いいえ……私は辛くないです、ただ恋って、本当に悲しいなって」 「そうか……」 「王子! ここにいたのですね」  アンメルトは慌ててかけてきた。 「仕事が溜まっております」 「わかっている。セリナ、とにかく元気を出せ」 「はい」  ……面倒臭い人だけど優しいな。  王都の王子はみんなそうなのだろうな、とセリナは思っていた。  ◇◇◇  数日後。 「え? では、リリーが貢いだお金って、金髪男が他の女に使っていたの?」 「はい。アン様」 「なんてことでしょう……最初の被害の人が本当に気の毒ね」  すると側のバロンはアンに甘い紅茶を出す。 「アン様、どうかお気を鎮めてください。アン様が悲しむと町の明かりが消えてしまいます」 「まあ、バロン。それはいけないわ」 「アン様、どうぞ被害者に救いが来るように祈りを捧げてください」  ……お兄様はすごいわ。  バロンの言葉で元気になるアンをそばで見ていたセリナは感心していた。 「ここにいたのか? おい、セリナ。ちょっと来い」  ……なんだろう  セリナが付いていくと、隣の部屋には布に包まれた大きなものがあった。 「お前にやるよ」 「私にですか? なんだろう……あ」  これはラルトの肖像画だった。 「どうだ? お前の寝室に飾れば、安心だろう」 「これをですか?」 「ああ。いつでも俺を見ていれば元気が出るだろう」  ラルトは真顔である。セリナはドキッとした。 「嫌か?」 「いえ、そうではなくて」  ……心配してくれているのかな。  自信過剰で面倒臭い王子であるが、優しいとセリナは思っていた。だがセリナの狭い部屋にこんな大きな絵は明らかに場違いである。セリナは他の部屋に飾ろうと話した。 「なんだ。せっかく取り寄せたのに」  ちょっとがっかりしているラルトにセリナは微笑む。 「でもラルト様。美しいものはみんなで見た方が絶対いいですもの、それに、私には本物のラルト様の方が好きです」 「そ? そうか」 「はい! だって絵は一緒に恋の話はしてくれないですものね……」  セリナはそういって肖像画を見つめた。ラルトは頬を染めてセリナを見つめた。 「よし、では今夜はパジャマパーティーをしよう。例の略奪女の話の続きを聞きたい。俺は寝落ちしてしまったのでな」  ……本当にすぐに寝ちゃうのだけど。まあ、いいか。 「分かりました。でもお仕事を済ませないと」 「何をいうのだ。俺はそんな失態はしたことはないぞ? ただ明日のために仕事を残しておくことはあるがな」 「ふふふ」  セリナはラルトと約束をした。片田舎の古い屋敷は笑顔に包まれていた。 おしまい
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