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二 再会
「アン様!」
「セリナ! ……それに、バロン」
「アン様。お元気そうで」
馬車から飛び出してきたアンは、セリナとバロンに抱きついた。感動の再会で抱き合う三人はうっすら涙ぐむ。
「セリナ……うう……バロン、会いたかったわ」
「私もです」
「アン様……あの、は、離れないと」
「ごめんなさい」
アンは名残惜しそうに二人から離れた。あんなに病弱だったアンは健康になり王女のドレスで恥ずかしそうにしていた。セリナは早速案内した。
「ささ、中へどうぞ。馬車で揺れてお疲れでしょう」
「家臣一同、アン様に会えるのを楽しみに待っていましたよ」
「ありがとう」
バロンはアンの手を引き屋敷へ案内し、セリナも続いた。父をはじめ家臣一同がアンとの再会を涙で喜んだ。
「アン様。お待ちしておりました」
「お部屋も以前のままですよ」
「今夜はアン様のお好きなお料理です」
「ありがとう……皆さん、ありがとう」
廊下に立っている家臣は涙と拍手でアンを迎えた。バロンにエスコートされるアンのドレスの裾を持つセリナも嬉しさを噛み締めていた。
以前の部屋に入ったアンは、セリナと一緒に窮屈なドレスを脱ぎ、楽なドレスに着替えた。
「ああ……やっと帰ってきたって感じだわ」
「そう言ってくださって嬉しいです。あ。髪も結びますか」
「お願いね」
「はい」
美しくセットされているアンの髪を、セリナはサッとひとまとめにした。アンはまだ興奮気味だった。
「ねえ、セリナ。例の執事の息子の三角関係はどうなったの?」
「早速そこからですか? ふふふ、あの後、アン様の予想通り修羅場になったんですよ」
アンとセリナは恋話が大好きである。この屋敷にいた時から家臣同士の恋愛を密かにチェックしていた二人は、この三角関係に本人達よりも先に気がつき、恋の行き先をワクワクしながら観察していたのだった。
「早く教えて! 他にも馬係の彼の片思いと、使用人のあの娘の婚約もどうなったのか知りたいのよ」
「ふふふ。お任せください、それにですね。もっとすごい話が発生しているんですよ」
セリナのドヤ顔を見てアンは身悶えていた。そして身支度を済ませたアンは、部屋を移動しお茶を楽しんだ。バロンを隣にしたアンは生き生きとしている。
「え? では三角関係はそんなことになったの」
「そうなんです! でも結局、彼女達は彼を見捨てて嫁に行きましたね」
「そう……やはり男性は誠実じゃないとね」
「ん? アン様、ちょっと失礼」
バロンはアンの手を掴む。
「やはり微熱がありますね」
「平気よ」
だがバロンは冷たく首を振る。
「いいえ。せっかくきたのに倒れては困ります、さあ、部屋で休みましょう」
バロンは有無を言わさずアンを部屋へ休ませに行ってしまった。
……お兄様はさすがだわ。
元々気配りができるバロンは、病のアンを迎えた時、少しでも役に立とうと医学書を読み学んでいた。そんなバロンはそばにいるだけでアンの主治医並みに体調を管理できるようになっていた。
「さあ、セリナ。アン様に無理をさせないように過ごしていただくぞ」
「そうですね、お父様」
……まだまだここにいられそうだし。
こうしてセリナは、アンの訪問に胸をワクワクさせていた。
翌日からセリナ達はアンと共に楽しく過ごしていた。アンは自然の恵みの食べ物を食べ、野原を散歩し、乗馬を楽しんだ。夜にはセリナと田舎で噂の恋話をして大いに盛り上がった。
「……ああ、楽しい。あ、いけない、手紙を書かないと」
「また報告ですか」
「そうなのよ……本当に厄介だわ」
アンは愚痴を漏らしながら手紙を書き出した。彼女は一応、ここに視察に来ている形なので王都に報告書を書いて送らねばならない。
「王都から手紙もこんなに来てますものね……王女様は大変ですね」
「でもね、セリナだって、誕生祭の挨拶があるでしょう」
「ううう」
この国では十六才になるまでに年に一度の王の誕生祭の時に挨拶に行かねばならない決まりである。セリナもその年齢になっていた。
「でも、私は田舎者ですし、家族で話し合って書状で済ませることにしました」
他の令嬢は王や王子に会えるので気合を入れて挨拶に行く儀式である。だがこんな辺境の男爵令嬢が行ったところで恥をかくだけだとセリナは思っていた。
「お金ももったいないですし」
「そうね……実はあんなに大人数でやってきて挨拶しても、お父様達もお兄様達も誰が誰だかわかってないしね」
この時、セリナは気になっていたことを尋ねた。
「あの、前から気になっていたのですが、アン様には何人、ご兄弟がいるのですか」
「……それがね、よくわからないのよ」
現在の王は、幼い頃に兄弟を亡くしたため一瞬、一人だけの王族になってしまった。これを危機に感じた家臣達は、王に多くの妻を娶らせたため、結果的に子沢山になっていた。
「私は第二夫人の娘なの。王位は本妻の子供、つまり第一王子がすでに政務を任されているわ」
アンの話では多くの兄や弟達は優秀で、頭脳派、武闘派、研究者、科学者、他国へ留学をしている冒険者など、多彩であると語った。
「お兄様達はそれぞれの役を務めているのよ。それにお父様のお人柄のせいか、お兄様達もお母様たちもみんな仲良しなのよ」
「すごい世界ですね」
「私もそう思うわ……さて、報告はこれでいいか」
アンはサラサラと報告書というか、日記的なものを適当に書いた。預かったセリナはこれを使者に手配し王都に送った。
そして十日後。この日は父が商談で国境の街に行くというので、アンが同行したいと言い出し、早朝からバロンと共に出かけていた。仕事の話なのでセリナは留守番をしていた。
……ええと。誰もいないし、あ! そうだわ。
セリナはこの日、メイド達と一緒に新作の料理の試食会をすることにした。
料理好きなセリナであるが、アンがいると彼女の相手をするため時間のかかる料理を作ることができずにいた。そんなセリナはこの日はキッチンを独り占めしてガンガンお菓子を作り出した。
「どうぞ! これもこれもどうぞ」
セリナの創作料理や焼きたてのケーキが庭のテーブルに載っている。メイド達は楽しみにしていた。
「うわ……これは新作ですね! 美味しそう」
「綺麗な色……いただきます!」
「嬉しいわ。みんな、さあ、どうぞ」
以前から定期的に開いていたこの会を楽しみにしていたメイド達は、満面の笑みで食べている。
「美味しい……このお芋のスープ。芋の本来の味が甘くて美味しい」
「それは去年収穫されたお芋ですけれど、寝かせた方が美味しいですものね」
「セリナ様。これはどうやって食べるのですか」
「ああ、それはね」
セリナは小麦粉で薄く焼いた生地に、野菜と肉料理を乗せくるっと巻いた。
「はい、手で持っていいわよ」
「では遠慮なく……うん! 美味しい」
「よかった……あれ」
馬車が止まった音がした。セリナが振り向くと執事が血相を変えてやってきた。
「大変です! セリナ様。王都からお客様がおいでになりました」
「え……どうして」
……そんな話、聞いてないわ。
この声にメイド達は慌てて席を立った。セリナが驚いている中、執事の背後から男がやってきた。
……あわわ。あの人は。
明らかに服装が王族の彼は、マントを靡かせてまっすぐセリナの元にやってきた。
「あ。あの、その、アン様はお出かけをしていて」
びびるセリナを前に彼は、不機嫌そうに眼力を飛ばした。
「私の席はどこだ?」
「え」
……招待していないのですけれど。
国境の辺境の庭。昼食会を開いていたセリナは、立ち尽くしていた。
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