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三 訪問者
驚き立ち尽くすセリナを見た執事と使用人達は、彼のために素早く立派な椅子を持ってきた。
「どうぞ、こちらに」
「……うむ」
彼は座ったが、じっとセリナを見ている。このオーラに耐えられないセリナは逃げようと思った。
……ここは爺やに任せて……ええと、回れ、右。
「待て、お前、こっちに来い」
「ひい? は、はい」
……うう。この人だあれ? 怖いんですけど。
最高にビビりながらセリナは彼のそばに立った。彼は肘をつき、テーブルの上の料理を見た。
「なんだ、それは?」
「え、ああ、これは試作の料理です」
「スープか、何が入っているんだ」
……去年のジャガイモだし。口に合うかどうか。
「これはその、あなた様が食べるようなものでは」
「出せ、腹が減っているんだ」
「は、はい」
ここで気を利かせた使用人達が温めたスープを運んできた。彼は黙って食べている。結局彼は全ての料理を食べてしまった。一緒の席に着いていたセリナは、逃げようとするが、彼の眼力に押され動けずにいた。彼は食べ終えた。
……食べ終えたわ! ここでお茶を淹れにいけば。
この場を去れると思ったセリナはサッと去ろうとした。
「で? 例の三角関係はどうなったんだ」
「へ」
「例のあれだ。その、執事の息子の話だ」
「……ああ、あの話ですか」
……そうか、この人はアン様のお兄様なのね。
兄弟がたくさんいると聞いていたセリナは、この王子はアンの兄だと思った。そんな彼はアンからこの話を聞き、その後の話を知りたいのだろうと思った。
「どこまでご存知ですか」
「男は歌が上手な娘が好きなのに、幼馴染の娘が言い寄ってきたところまでだ」
「ああ……良いところを押さえていますね」
セリナは使用人が淹れてきたお茶を前に、ドヤ顔で座り直し語ってしまった。
「その幼馴染の娘の正体は、『相談女』だったんです」
「『相談女』? 初めて聞くぞ」
彼はちょっと待てといい、服から紙を取り出しメモをしている。
「『相談女』とはですね。男性側に相談があるとかこつけて。恋人達の時間を奪う女なのです」
「なんと恐ろしい?……で、どうなったのだ」
セリナもすましてお茶を飲む。
「歌が上手な娘は、彼が自分よりも相談女に構っていることに傷付いてしまって、彼を捨て他の男と結婚しました」
「やはりな、そして相談女はどうなった?」
「念願の彼の恋人になれましたが、彼には借金があると知って。今は他の男に相談をしています」
「ふふふ。その女は相談で一生を終えるな……ふふ、なるほど、相談女か。実に面白い」
……生き生きしている……それに楽しそう。
やってきた時は不機嫌そうな顔であったが、今はセリナの話を聞き、笑みを浮かべている。そんな彼は他にもアン経由で仕入れた恋話の行方をセリナに根掘り葉掘り聞いては、楽しそうにしていた。
「娘、では『相談女』はどんなことを相談するんだ?」
「それはですね……家庭の悩みとか、人間関係の悩みとか、とにかく健気な自分が困っているような、そんな白々しい相談で、答えのないようなものです」
セリナの話を聞いた彼は、馬鹿らしいとテーブルを叩く。
「くだらん! そんな話を聞く男もどうかしている!」
「さすがでございます!!」
「まあ、な……」
セリナが拍手をしていた時、やっと父達が帰ってきた。
「これは、ラルト王子ですか?」
「ラルトお兄様? どうしてここに」
父とアンはこの王子がいることに驚いていた。ラルトは眉を顰めてアンを見つめた。
「それは、お前がちゃんと報告をしないからだろう」
「私は書いて送っているじゃありませんか」
「……俺が知りたいことが書いてなかったのでな」
彼らが話している間、セリナは場を離れバロンを探し、状況を説明した。
「お兄様……セリナは頑張ってお相手をしましたが、怖かったです」
「そうか。大変だったな。あとはお兄様が挨拶をするからな」
「はい」
……ああ、これでやっとほっとできるわ。
父達に任せてセリナは屋敷の奥へ下がった。あの様子ではアンに会いにきたのであろう。
……それにしてもずいぶん、恋の話に詳しかったわね。
自室で動揺をおさえていたセリナは、ラルト王子が宿泊することを知った。確かに辺境なのでそうなると思った屋敷の者達は、王子の御一行の宿泊の支度をした。
そして夕食となった。セリナも家人として一緒に食べることになってしまった。
対面の席になったアンは『ごめんね』と目配せをしてくれた。セリナの隣の席のバロンも『大丈夫だよ』と微笑んでくれていた。
……そうよね。私は黙って食べるだけでいいのよね。
だが気がつくと、ラルト王子はじっとセリナを見ていた。セリナは思わず自分の後ろに何かあるのかと思い振り向いた。
……何もない。気のせいかな?
父と兄はラルト王子に話しかけ楽しく会食をしていたが、セリナだけはガチガチに緊張して食事の味もわからずただ流し込んでいた。
そして食事が終わった。部屋を出るとセリナの後からアンが駆け寄ってきた。
「ごめんね。セリナ。お兄様が急に来てしまって」
「……あの、これはどういうことなのですか」
「こっちで話すわ」
二人はアンの部屋で話を始めた。
「実はね、ラルトお兄様は、セリナの話が大好きなのよ」
「え」
アンは王都での暮らしの話をした。ラルトは第三王子で王の仕事を手伝っている。真面目で堅物な彼はずっと政務を担当していたが、病弱なアンの状況を確認する係だと語った。
「私、王都に帰ってからここでの暮らしをラルトお兄様に報告をしていたの。その中には、ここであった出来事も話していたの」
「あの……昼食の時、恋話のことを聞かれましたが」
「嘘!? ああ、まったく……」
アンは申し訳なかったとセリナの手を握った。
「実はね。ラルトお兄様はその恋がどうなったのかずっと気になっていたようなの。だから今回、私はここに来た時も、早くその続きを教えろって、手紙で催促してきて」
「それであんなに手紙が来ていたんですか」
「そうなの」
しかし、アンは面倒だったので恋の話は書いていなかったと語った。
「だから直接聞きに来たのね。ごめんなさいね」
「いいえ、理由がわかればそれで」
すると部屋がノックされ、二人はビクっとした。入ってきたメイドは困惑気味である。
「あの……ラルト王子が、アン様にお話があると」
「わかりました。セリナ、そういうわけなのよ」
「はい」
アンはラルトと話をするために部屋を出ていった。セリナは疲れて早く寝た。
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