四 事情

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四 事情

「ラルトお兄様。これはどういうことですか」 「……アン。お前のせいだよ」  ラルトは長い足を優雅に組み直す。 「俺はお前が恋の話の続きを教えてくれるのをずっと待っていたのに。報告には一切書いていないし」 「だって、長い話だし、それにもっとその話は発展しているんですもの」 「発展? それはどういうことだ」  ……まずい。地雷を踏んでしまった。  恋話が大好きな厄介地雷系の兄は、目を輝かせた。 「アン。聞かせてくれ! 知りたくて夜も眠れないんだ」 「……お兄様、それは書いて送りますから。どうぞお仕事に戻ってください」  だが、ラルトは嫌だと首を横に振った。 「俺は話を聞くまで帰らない。仕事は大丈夫だ、ここでやるから」 「はあ……」  アンは頭を抱えてセリナの父とバロンに詫びた。それでも彼は数日には帰るだろうと思っていた。  翌日。晴天である。  ……いい天気! よし。  早起きをしたセリナは早速着替えて外に出た。明け方近くの屋敷のまわりは自然でいっぱいである。まずは近くの畑に行き、野菜を収穫した。そして鶏小屋に行き卵をゲットしてきた。 「おはようございます。セリナ様」 「おはよう。今日もいい天気ね」  メイド達も洗濯を始めている中、セリナはキッチンに行き朝食を作り出した。専属の料理人がいるが、この日はラルト王子の側近の人たちもいる。大量の食事の用意が大変なのでセリナは一緒に作っていた。 こうして食事が完成した。セリナは王子の側近の従者のたちの部屋に食事を運んでいた。 「おお。これは朝からすごい」 「この果物は王都では高級ですよ」 「どうぞ気にせず食べてください、まだまだありますので」  側近達は嬉しそうにガツガツ食べていた。あまりのスピードで運ぶのが間に合わないほどであるが、セリナは喜んでくれて嬉しかった。 「あの、ところで、ラルト様はその、どんな様子ですか」 「どんな様子って、楽しくお話をされていますが」 「そ、そうですか」  側近の一人はほっとした顔を見せた。 「王子は真面目で、普段から無口なのです。ですが、アン様とはお話をされるのですね」  ……無口? あれが?  だが面倒なのでセリナは黙っていた。 「そうですね」 「セリナ。ここにいたのか」  そこに兄が顔出した。 「セリナ。ラルト様は長旅でお疲れのようだ。お部屋で話をしたいそうだ」 「例の恋話ね」  ……それを聞けば帰るのね。  バロンも同じ思いのようで頷いた。そんなバロンは歩きながら説明をした。 「ラルト様は気難しい性格で有名だがアン様が心配なのだろう」 「そうね。でもこの田舎暮らしの話を聞けば安心して帰るでしょうね」  そしてセリナが部屋に顔を出すと、アンは先に話をしていたようだった。 「おはようございます、改めまして、娘のセリナです」 「ラルトお兄様、セリナよ」 「とっくに知っている」  セリナが席についた時、ここでバロンはアンの顔をじっと見た。 「な、何? どうしたのバロン」 「アン様……昨夜の視察の疲れが残っていますね、失礼」  バロンはセリナの手首を取り、脈を測った。 「ダメですね。横になりましょう」 「でもバロン」 「アン様。お体が大事です。ラルト様、申し訳ありませんが、アン様には休んでいただきます」  こうしてバロンはアンを連れていってしまった。  ……私を置いていかないで…… 「ところで、セリナと言ったな」 「はい。ラルト王子」  セリナは仕方なく王子と話を始めた。 「昨日の話で、気になることがあるんだが」  ラルトは真顔で「おひとり様」と「カエル化現象」について聞いてきた。 「王都の夜会で、令嬢達の話で小耳に挟んだのだが、意味がさっぱりわからんのだ」 「お任せください! それはですね」  セリナの大好物の話であったので、うっかり興奮気味で語ってしまった。特にラルトはカエル化現象について、目から鱗のようであった。 「そういうことか。いや、兄達が今までそういう目にあっていたんだが、理由がわからず困惑していたんだ。なるほど」 「お役に立ててなりよりです!」 「うん……勉強になるな……あのな、他にも教えて欲しいんだ」 「どうぞ!」  彼は紙に書き記していた。セリナは他にも彼の質問に応じ、あっという間にランチの時刻になった。 「時間ですね。では、私はこれで」 「あ、ああ」  セリナが去ったのと同時にラルトの部下が入ってきた。 「王子、約束は今日までです。明日の出発でよろしいですか」 「……いや、まだだ」  ……ダメだ、楽しすぎる。  幼い頃から周囲に期待され勉学に励んでいたラルトは、病弱だったアンの観察係になっていた。アンは美しい娘であり王が可愛がっていたからである。  母親が違うがアンを心配していたラルトは、アンはもう命を終えると思っていた。しかし辺境に行ったアンは、奇跡の回復し見事に生還していた。そんな彼女には何か秘密があると思ったラルトは、アンから辺境での過ごした日々を聞いていた。その中に、田舎の楽しい恋話があった。彼はすっかりこれにハマっていた。  そんなラルトは、帰る日を延長すると言い出した。アンは反対した。 「お兄様、それでは政務の方が困っているでしょう」 「構わん。それにまだパジャマパーティーというのをやっていない」 「何をいうのよ。それは女子会ですもの」 「やりたい。やらないと帰らない」 「ああ……バロン。お願い支えてちょうだい」 「アン様。お体に触ります」  ……アン様は、ラルト様が苦手なんだわ。  セリナも話を聞いていた。田舎にきて伸び伸びしたかったのに、手厳しい兄がいてアンは休めずにいた。  ……ラルト様はしつこいし、恋話になると話が長いもの。  ラルトは美形で賢そうな男性である。そのままでいれば何の問題もない優良男子であるが、恋の話になると異常に食いついてくるのでうっかり話もできない。セリナはアンが気の毒になっていた。そこで動いた。 「わ、わかりました。やりましょう、それを」  え? と驚く顔の中、セリナはアンのためにラルトのやりたいことを全部やろうと言い出した。ラルトの目が光った。 「いいのか」 「はい、でもこれが済んだら、お帰りになってくださいね」 「わかった。約束する」  ……アン様のためですもの。  田舎の森には夕陽が落ちていた。
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