524人が本棚に入れています
本棚に追加
五 悲しい恋
「ラルト王子、あの橋です」
「おお、これがそうか」
セリナは街の川にかかる橋にやってきた。ここには数多くのリボンが結んであった。
「これが恋人達のリボンか」
「そうなんです」
この地域の恋人は、互いの名前を書いて橋に結ぶ、という恋のイベントを楽しんでいる。
ラルトは恋話に登場するこの聖地にずっときたがっていた。そんな橋の袂に立つセリナは恋の話を始めた。
「ある人の話です。以前恋人とここで結んだはずなのに、彼が他の女性とここで結んでいるのを見てしまったんです」
「偶然としては残酷だな」
「いいえ。偶然ではないのです」
相手の女は、この時間を指定し彼女を呼び出していたと語った。
「彼は自分のものだと見せつけて、さらに彼女の悲しい顔を見たかったんですよ」
「それは『見せつけ女』だな? 許せん。その女は今すぐ牢獄行きだ」
「そうですよ! でも、それはできなかったんですね」
セリナは川面に映った自分の顔を見た。
「田舎娘には、所詮、無理な恋だったんです……」
「セリナ、お前のことなのか」
川に石を落とし水鏡を壊し悲しい初恋を語ったセリナは、風に靡く髪をおさえた。
「そうです」
セリナは幼い頃に決まった婚約者がいたが、彼にはずっと馬鹿にされてきたと語った。
「親同士の口約束みたいなものだったんです。昔は一緒に遊んだりしていたのですが、私の方が成績が良かった途端、急に態度が変わってしまって」
「器の小さい男だな。そんな男、見捨てて良かったんだ」
「みんなそう言って励ましてくれますが、ここは田舎だし、私は地味で田舎者なのは事実ですから」
セリナの悲しそうな横顔にラルトは何も言えず、出した手で抱き寄せることもできずにいた。
「いつも、アン様と恋の話していますが、私の恋なんて、そんな悲しい思い出しかなくて……だから……他の人の恋が羨ましいし……いつか私もそうなったらいいなって思っています」
「…………そうだな」
この日はしんみりとしながら帰宅したが、セリナはラルトの言うがまま恋人達の聖地に訪れたり、恋の噂話で盛り上げていった。
やがてラルトは本当に帰らないといけなくなり、帰ることになった。
「今夜が最後のパジャマパーティーですね」
「ああ。ところでアンはどうした」
「疲れて寝ました」
「左様か」
散々話をしたので語ることは無くなっていた。そんなセリナはラルトの恋の話を聞いた。
「俺か、そうだな……まあ、仕事ばかりで今までそういう気にならなかったが、これからはお前の助言を聞いて、前向きに進めようと思う」
「そうですよ。ラルト様ならお相手を選べますものね」
「そうでもないさ……親の勧めだよ」
彼は悲しげに窓の外を見た。そんな彼をセリナはじっとみた。
「でも、それって相手に失礼ですよ」
「え」
「お相手の方は、ご家族の元を離れてラルト様の家族になってくれるんですもの。親の勧めかもしれないけれど、やっぱり好きになって、大切にしてあげてほしいです」
「セリナ……なぜお前が泣くんだ」
「うう……なんか自分のことのような気がして……すみません」
そうして夜の挨拶をしたセリナは終わりにした。翌日。ラルトが寂しそうに去った屋敷はホッとしていた。
「ごめんなさい、いきなりきてしまって」
「いいんですよ。アン様こそ大丈夫ですか」
「ええ、バロンがいてくれるもの」
「お側にいますよ」
ようやく静かになった屋敷でアンは健やかに過ごしていた。そして半月したほど、手紙が来た。
「う、これは」
「どうしたの。え、なんてこと」
「セリナに来たんだろう……これは」
それは結婚式の招待状であった。この男性は、セリナを振った元婚約者である。手紙を読んだアンとバロンは怒る。
「ひどいわ。セリナに恥をかかせるつもりね」
「セリナ、これは行く必要はない」
「でも……お父様の仕事の関係者ですものね」
……私が我慢すればいいもの。
家族やアンが心配するが、セリナは行くことにした。アンはドレスを貸してくれるというが、サイズが違うためセリナはお古のドレスで行くことにした。
「当日は私も行くからな」
「うん。お父様はそんなに心配しないで」
……心配かけられないわ。
父の不安そうな顔を見たセリナは、笑顔を作っていた。
最初のコメントを投稿しよう!