五 悲しい恋

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五 悲しい恋

「ラルト王子、あの橋です」 「おお、これがそうか」  セリナは街の川にかかる橋にやってきた。ここには数多くのリボンが結んであった。 「これが恋人達のリボンか」 「そうなんです」  この地域の恋人は、互いの名前を書いて橋に結ぶ、という恋のイベントを楽しんでいる。  ラルトは恋話に登場するこの聖地にずっときたがっていた。そんな橋の袂に立つセリナは恋の話を始めた。 「ある人の話です。以前恋人とここで結んだはずなのに、彼が他の女性とここで結んでいるのを見てしまったんです」 「偶然としては残酷だな」 「いいえ。偶然ではないのです」  相手の女は、この時間を指定し彼女を呼び出していたと語った。 「彼は自分のものだと見せつけて、さらに彼女の悲しい顔を見たかったんですよ」 「それは『見せつけ女』だな? 許せん。その女は今すぐ牢獄行きだ」 「そうですよ! でも、それはできなかったんですね」  セリナは川面に映った自分の顔を見た。 「田舎娘には、所詮、無理な恋だったんです……」 「セリナ、お前のことなのか」  川に石を落とし水鏡を壊し悲しい初恋を語ったセリナは、風に靡く髪をおさえた。 「そうです」  セリナは幼い頃に決まった婚約者がいたが、彼にはずっと馬鹿にされてきたと語った。 「親同士の口約束みたいなものだったんです。昔は一緒に遊んだりしていたのですが、私の方が成績が良かった途端、急に態度が変わってしまって」 「器の小さい男だな。そんな男、見捨てて良かったんだ」 「みんなそう言って励ましてくれますが、ここは田舎だし、私は地味で田舎者なのは事実ですから」  セリナの悲しそうな横顔にラルトは何も言えず、出した手で抱き寄せることもできずにいた。 「いつも、アン様と恋の話していますが、私の恋なんて、そんな悲しい思い出しかなくて……だから……他の人の恋が羨ましいし……いつか私もそうなったらいいなって思っています」 「…………そうだな」  この日はしんみりとしながら帰宅したが、セリナはラルトの言うがまま恋人達の聖地に訪れたり、恋の噂話で盛り上げていった。  やがてラルトは本当に帰らないといけなくなり、帰ることになった。 「今夜が最後のパジャマパーティーですね」 「ああ。ところでアンはどうした」 「疲れて寝ました」 「左様か」   散々話をしたので語ることは無くなっていた。そんなセリナはラルトの恋の話を聞いた。 「俺か、そうだな……まあ、仕事ばかりで今までそういう気にならなかったが、これからはお前の助言を聞いて、前向きに進めようと思う」 「そうですよ。ラルト様ならお相手を選べますものね」 「そうでもないさ……親の勧めだよ」  彼は悲しげに窓の外を見た。そんな彼をセリナはじっとみた。 「でも、それって相手に失礼ですよ」 「え」 「お相手の方は、ご家族の元を離れてラルト様の家族になってくれるんですもの。親の勧めかもしれないけれど、やっぱり好きになって、大切にしてあげてほしいです」 「セリナ……なぜお前が泣くんだ」 「うう……なんか自分のことのような気がして……すみません」  そうして夜の挨拶をしたセリナは終わりにした。翌日。ラルトが寂しそうに去った屋敷はホッとしていた。 「ごめんなさい、いきなりきてしまって」 「いいんですよ。アン様こそ大丈夫ですか」 「ええ、バロンがいてくれるもの」 「お側にいますよ」  ようやく静かになった屋敷でアンは健やかに過ごしていた。そして半月したほど、手紙が来た。 「う、これは」 「どうしたの。え、なんてこと」 「セリナに来たんだろう……これは」  それは結婚式の招待状であった。この男性は、セリナを振った元婚約者である。手紙を読んだアンとバロンは怒る。 「ひどいわ。セリナに恥をかかせるつもりね」 「セリナ、これは行く必要はない」 「でも……お父様の仕事の関係者ですものね」  ……私が我慢すればいいもの。  家族やアンが心配するが、セリナは行くことにした。アンはドレスを貸してくれるというが、サイズが違うためセリナはお古のドレスで行くことにした。 「当日は私も行くからな」 「うん。お父様はそんなに心配しないで」  ……心配かけられないわ。  父の不安そうな顔を見たセリナは、笑顔を作っていた。
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