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 騎士さまは、私にとって神さまの御使(みつか)いも同然のひとだった。彼は私の求めていたすべてを与えてくれた。  太陽の温かさと地面の柔らかさを感じた。  出ることの叶わなかった神殿の自室から連れ出され、騎士さまの屋敷に連れていかれた。 「身体が冷え切っている。あんな北向きの石牢みたいな部屋に閉じ込めているからだ。子どもは日の光をたくさん浴びなくては」  柔らかな寝台はふわふわと空に浮いているようで、しばらく床で寝ていたのはここだけの話だ。  誰かとともに食べる食事の美味しさに驚いた。 「なんだ今までの食事は。鳥の餌か? まあ確かに君は小鳥のように可愛らしいが。ほら、もっと肉を食べなさい。子どもは美味しいごはんをたくさん食べて、大きくなるのが仕事なのだ」  騎士さまのお手製シチューに舌鼓を打っていると、騎士さまはその作り方を教えてくれた。料理は苦手だと言いながら、騎士さまの手際はとてもよかった。  文字を覚え、自分の想いや考えを相手に伝える楽しさを覚えた。 「そうか、あの本を気に入ってくれたか。あれは、俺が子ども時代に楽しんだ冒険小説なんだ。周囲には、そんなものより帝王学を学べと叱責されたものだが。こうやって一緒に楽しんでくれる相手が見つかって、俺も嬉しいよ」  つたない文字で、ただ面白かったことだけを一生懸命伝えれば、騎士さまは嬉しそうに小さくはにかんだ。  共に外の空気を吸い、花の香りをかいだ。 「花は好きかい? ほらこっちにおいで。この花は君によく似合う。ああ、もしかしたら君はこの花の精だったのかもしれないな」  やがて騎士さまは、私を花の名前で呼ぶようになった。春が似合う可愛らしい小花。名前さえ与えられず、ただ「災厄」と呼ばれていた私だったのに。  騎士さま。騎士さま。私の騎士さま。  最初は当たり前のように抱きしめてくださったのに、しばらくすると騎士さまは私に不用意に触れなくなった。「穢れ」だと認識されたからではない。騎士さまは、ようやく気が付かれたのだ。私が幼い子どもではないことに。  まともな食事ひとつ与えられていなかったから、ひどくやせ衰えていただけ。しっかりと栄養をとれば私は年相応の女になった。それでも私は無邪気を装って、騎士さまに甘えた。  騎士さまのおかげで、生きる意味を知った。騎士さまがいてくださるなら、一生このままで構わない。そんなことを願ってしまったからかもしれない。私の馬鹿な望みが、騎士さまの運命を歪めてしまったのだ。
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