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 そうしてさらにしばらく経ち、彼らはやってきたのだ。この国に巣食う悪の竜を滅ぼす勇者さまご一行が。ちょうど国境付近から流れ着いた荒くれ者を成敗した後のことだった。残念ながら、はたから見れば無辜の民に邪竜が襲い掛かっているようにしか見えなかっただろう。 「竜よ、覚悟しろ!」  真ん中に立ち、見慣れた大剣を構えているのは騎士さまだった。騎士さまが、私を射るような眼差しで見据えている。それでも、私は別に構わなかった。私の騎士さまは、生きていた。生きて、勇者としてこの国に戻ってきた。それだけで、千金に値するのだから。  騎士さまが使っていた剣帯は私が指を血まみれにしながら刺繍を施したものではなくなっていた。こんなものは不要だと捨ててしまったのかもしれない。少し寂しいけれど、仕方のないことだ。  騎士さまの傍らには、良い匂いのする女がいた。腹に一物抱える人間は、耐えられないくらいの腐臭がする。神殿の神官たちにいたっては、死臭が立ち昇っていたくらいだ。だが、騎士さまの隣で何かを一所懸命に話している女はなぜか不思議なほど好ましかった。  あの女に騎士さまが惚れたというのなら、受け入れよう。私は多くのものを騎士さまから奪ってしまった。それを返す時がやってきたのだ。代償は払わねばならない。金品で補償できないのならば、この命を差し出すしかないのだ。  でも、騎士さま。ひとつだけ、お願いを聞いていただけませんか?  私とあなたの子どもを、どうか守ってやってはくださいませんか?  念のため、私のことは母と呼べなくしておきました。あなたのことも、父とは呼べなくなっています。決して、あなたにご迷惑はかけません。  身寄りのない孤児が何とか生きていけるように、この国をしっかり治めてくださいませ。  私は知らなかった。  騎士さまが殿下と呼ばれる身分だったことも、私なんかに構ったせいで王位継承権を失ったことも。臣籍降下し騎士として生きていたものの、ずっと神殿に睨まれていたことも。「災厄」を大切に扱うなんて、洗脳されているのではないかと疑われていたことも。  騎士さまが、死地に追いやられたのは私のせいだとわかっているつもりだった。でも、何もわかっていなかったのだ。  全部、私のせいだった。何もかも、私のせいだった。  私なんかがこの世に生まれ落ちてはいけなかった。騎士さまの優しさに甘えてはいけなかった。 「竜よ、この世界を焼き尽くさせるわけにはいかない!」  騎士さまがまっすぐに私を見据えていた。騎士さまの瞳に映る私は、どんな姿に見えているのだろう。竜まで堕ちた私でも、恩を返し、罪を償い、騎士さまの幸せを願うことはできるはずだ。  心を込めて騎士さまに歌を捧げる。炎が周囲を赤く染めた。
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