宝物のかたち。

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 震える声で告げられた言葉に、私は夕飯を作る手を止め、包丁を片手に振り返る。  眉を下げ今にも泣きそうな可愛らしい顔立ちに、肩に届くくらいのさらさらの髪。最近少し背が伸びて、それでも緩めの男女共通のブレザーの制服に、下はスカートではなくスラックス。  今時は男女平等だとかで、どちらでも好きな方を選べるのだ。梨里は、確か入学時に「スカートは足が冷えるから」とスラックスを選んだ。きっとスカートも似合うのに、もったいない。でも女の子が足を冷やすのは良くないからと、梨里の選択を尊重した。 「……何言ってるの、梨里ったら」 「ねえ、お母さん……家では『リリ』でいいよ、ちゃんとお姉ちゃんの代わりで居る……でも、ボクは男の子だから、アイドルには……」 「梨里?」 「違うよ、お母さん……ボクはリリじゃない、リサトだよ……」 「……里怜なんて知らないわ。私には、梨里が居ればいいの」 「っ……!」 「……ねえ、梨里。私の可愛い梨里。あなたは、お父さんみたいに私を見捨てたりしないわよね?」 「……っ、……う、ん。お母さん……ボクは、ここにいるよ」 「ああ、いい子ね。梨里は本当に、自慢の娘だわ」  幼い頃に居なくなってしまった、一人娘の梨里。しばらくして帰ってきた梨里は、どういう訳かまた赤ちゃんからやり直したけれど。おかえりなさいと受け入れて、また愛する我が子を育てられるのは楽しかった。  夫はそれから帰ってきたリリをリサトと呼ぶし、いくらどちらでも読めるとはいえ、読み方を間違えるなんて親失格だ。梨里もそのせいで、幼い頃から時折自分をリサトと呼ぶことがあった。  本人が呼ぶ分にはあだ名のような感覚で聞き流してはいたが、夫が繰り返しリサトと呼び続けるのは何故か耐え難かった。私の梨里が、消されてしまう気がしたのだ。  度重なる口論の末「お前はおかしい」なんて捨て台詞と共に夫は出て行ってしまったけれど、愛する梨里はその分いい子に育ってくれた。 「……ボク、いい子でいるから……オーディションも受けるから……お母さんも、ボクを捨てないで……」 「ふふ、当たり前じゃない。あなたは私の宝物よ」 「本当……?」 「ええ、おかえりなさい。私の可愛い梨里……もう変なこと言っちゃだめよ?」 「……うん、ただいま……お母さん」  私の愛しい梨里。抱き締めた腕の中の記憶よりもしっかりとしてきた体つきには、気付かないふりをした。
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