檻の中。

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 クラスメイト……もとい集合場所に居た僕達と同じ種族である『人間(こども)』は、全員揃ったのを確認されてから、職員によって順番に『展示の檻』から『家と言う名の檻』に戻されていく。  一人一人に割り当てられているのは寝床があるだけの狭いスペースだったけれど、客の目がないだけマシだ。 「はあ。お家帰りたくないなぁ」 「そうか?」 「だって退屈なんだもん」 「僕はずっと引きこもりしていたいけどな」 「えー?」  僕が生まれるずっと前に、宇宙から来たという僕達よりも高位の存在によって作られたこの『ユートピア動物園』には、地球に存在する様々な種類の動物が集められ、収容されている。  そして、奇しくもかつての地球の支配者だった『人間』さえも、その対象だったのだ。 「次、ゆうあ。帰るぞ」 「はぁい。じゃあね、いずみくん。また明日!」 「……また」  家に戻るゆうあに手を振って、あと何回挨拶が出来るだろうと考える。僕達はそろそろ人間社会でいう中学生だ。いつ誰が別の檻に移されるかわからない。  僕達の展示されている檻に、大人は居ない。両親は向こうにある『人間(おとな)』のスペースに居るらしいけれど、会った記憶もないし、今も居るのかすらわからない。 「次、いずみ。入れ」 「……はい」  ここにあるのはほとんど野生の人間が通っているという『学校』と変わらない空間と、読み書きや計算が出来る程度の勉強と、栄養管理された食事。  それから安全に守られた無限の自由時間と、退屈を紛らわせるための本や遊具なんかの娯楽。  けれど客を楽しませるためにと、ショーという名目で縄跳びや歌なんて芸をやらされるのだから、面倒極まりない。 「……家は何もしなくて済むから楽なのに、ゆうあは退屈なんだな」  ベッドに寝転がり、ようやく訪れた静寂に一息吐く。ゆうあは他者との交流に楽しみを見出だすタイプだ。同じ種族として集められ、同じカテゴリとしてくくられているのに、僕とは全然違う。  本によれば、動物園の外の野生の人間は犬や猫やハムスターなんかと共存しているらしいのに。生き物がたくさん住んでいるこの動物園では、別の動物とは交流すらないのだ。 「……この調子だと、いつかゆうあとも『別の生き物』として離れ離れになるのかな」  唯一関わる大人である職員との最低限の会話と、群れから孤立した僕に声をかけてくれる物好きのゆうあと、客からの視線や騒がしいとしか感じない声。  閉ざされた僕の狭い世界は、退屈で、面倒で、でも悪くもないとは思っている。けれど、そんな細やかなものさえ、いつ変わってしまうともしれない不安をいつも孕んでいるのだ。  野生の人間は、檻の代わりに学校や会社という狭いくくりで分けられ集められて、日々その中で生きているらしい。  彼らも、自由に見えてもしかすると、僕と同じ気持ちなんだろうか。  いや、もしかすると安全の保証がされていない分、日々食えなくなる恐怖にも囚われているのかもしれない。 「だったらなおさら……動物園なんて、何が楽しいんだか」  明日もまた、外の世界の本の続きを読もう。そうして別の世界に憧れて、少し憐れんで、変わることを恐れながらも現状に嘆いて、狭い檻の中から僕は、別の生き方をする客の観察をするのだろう。 「……どっちが見られる側なんだろうな」  僕は檻の向こうの客からの視線を思い出しながら、そっと目を閉じた。
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